お針子は王子の夢を見る
「薔薇……」
 ドレスの薔薇を見て、つぶやいた。
「そうよ。お母さんが教えてくれた薔薇。これをつけて舞踏会に行ったの」
 シェルレーヌは薔薇を見つめた。次いで、ルシーを見る。久しぶりに目がきちんと合った。きちんと私を見てくれた、とうれしくなった。

「ルシー……」
 久しぶりに名を呼ばれた、とまたうれしくなった。
「ルシーよ、お母さん」
 抱きしめると、母はそっと頭を寄せてきた。
 なんだか胸がいっぱいになった。

「ここにいるのよ、私」
 ルシーが言うと、シェルレーヌはぎゅっと手に力を込めた。その手の力が、なんとも言えずうれしかった。

「しばらく仕事を自宅でやらせてもらえませんか?」
 ルシーがたずねると、マノンはうなずいた。

「材料はもってきてやるから、ゆっくりやりな」
「感謝します」
 ルシーは言った。

 自分は恵まれている、と改めて思う。
 愛する母がいて、助けてくれる人がいる。
 それだけで満足するべきだ。
 だから。

 エルヴェの笑顔が頭に浮かぶ。

 それ以上は望むべくもない。
 会えただけ、それだけで幸運なのだ。
 ルシーは目を閉じた。
 光る粒が、ぽつりと孤独に落ちた。



 不思議なことに、それからシェルレーヌはきちんとごはんを食べるようになった。
 ルシーがどこかの令嬢のドレスを、紳士の服を縫っていると、じっとそれを見ていた。

 やがて、母はルシーと一緒に簡単な掃除をするようになった。
 夕餉の祈りでは、一緒に言葉を唱えるようになった。
 暗い瞳は少しずつ光を取り戻しているように見えた。

 仕事はまだ自宅でしていた。少しでもルシーが見えなくなると不安そうにしていたからだ。
 それでも、前進したわ。
 ルシーは神に、父に感謝した。
 このまま母が良くなりますように。
 毎日、祈っていた。
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