お針子は王子の夢を見る
ある日の帰り際、マノンは心配そうにルシーを見た。
「疲れてるね。大丈夫かい?」
「大丈夫です。ドレス、あと少しで完成なんです」
ルシーはやつれた顔で答える。
「お母さんはどうだい」
「元気になってきたみたいです」
嘘だった。マノンに心配をかけたくなかったのだ。
「それは良かった。困ったことがあればすぐに言うんだよ」
「ありがとうございます」
ルシーはマノンの心遣いがうれしかった。
シェルレーヌは食事を嫌がり、ルシーを呼びつけては用事を頼むようになっていた。
あれとって。違う、そっちの。やっぱりいらない。
たわいもない用事で振り回されて苛立つときもある。が、母が自分を主張するようになった、回復してきているのだ、と信じて頑張った。
パンを買い、今日も野菜のスープだわ、と思いながら帰ったときだった。
自宅のドアを開けたルシーは、その光景に愕然とした。
「何してるの!」
シェルレーヌがルシーの作ったドレスを引き裂いているところだった。絹糸がはじけ、悲鳴のような甲高い音が響いた。
慌ててパンをテーブルに置き、その手をつかむ。
「やめて! どうして!」
毎日、夜を徹して必死に縫っていた。
母はそれを見ていた。元お針子だから作る苦労も身をもって知っている。
なのに、どうして。
シェルレーヌは何も言わない。
暗い顔と目で、ルシーを冷たく見据える。
ルシーはドレスだったそれをかき集めた。
まさかこんなことをするとは思わなかった。
反対なら、そう言ってくれたらよかったのに。
これは自分の罪に対する神の罰だ、ととっさにルシーは思った。
母は父の死をあんなに悲しんでいた。何も手につかず、生すらも手放そうとするほどに。
なのに自分は必死に働いた。生きるために。父の死に、母の悲しみによりそわずに。
その上、舞踏会の招待に舞い上がり、浮かれていた。
だから、自分が悪いのだ。
ルシーは端切れになったそれを、ぎゅっと抱きしめた。