【シナリオ】カラダ(見た目)から始まる恋はアリですか!?
第一話 滑って転んで始まる恋⁉
◯ホテルの外観(夕)

  57階建てのラグジュアリーホテルが建っている。ホテル前のロータリーは中央に噴水がある。ホテルのレセプションが、去っていく車に頭を下げている。
  ホテルの入口上部のキャノピーには【HOTEL(ホテル) GOUVERNAIL(グーヴェルナイユ) TOKYO(東京)】と書かれている。

◯ホテルの執務室(昼)

  絨毯が敷かれた調度品の並ぶ執務室。一面窓になった壁からは、東京の街が見下ろせる。
  その部屋の梶井(かじい)モトキとKajiiグループ会長(モトキの父)が対峙している。二人とも、険しい顔をしている。

梶井モトキ:スーツを着た整った顔、茶髪の青年。若干童顔である。背は高くスラッとしていて、髪は短く揃えられている。20歳。
Kajiiグループ会長:茶色いスーツに身を包む、ロマンスグレーの髪色の中年男性。髪は7:3に整えられ、鼻の下には揃えられたヒゲが生えている。威厳のある風貌。

会長「俺はネネとは結婚しないって言ってるだろ」
梶井モトキ「まだ言ってるのか、モトキ」
会長「私は忙しいんだ。お前のわがままに付き合っている暇はない」

  会長はモトキの方を見ず、部屋を出ていく。
  扉が閉まると、モトキは足元を睨み吐き捨てるように言う。

モトキ「クソッ……」

◯ホテルの従業員出入り口・外(昼)

  モトキが後頭部を掻きむしりながら、ホテルの出入り口から出てくる。
  待っていたタクシーに乗り込み去っていく。

◯ホテルの従業員出入り口・外(夜)※時間経過

  円居(まどい)サクラと寺田(てらだ)コノミがホテルの出入り口から出てくる。サクラは面倒くさそうな、コノミはウキウキとした顔をしている。

円居サクラ:ミディアムロングを下の方で束ねた髪型の地味な女子、29歳。パンツスーツ姿にトレンチコートを着ている。
寺田コノミ:サクラの後輩で同僚のゆるふわ系の女子、26歳。パンツスーツのサクラに対し、スカートスーツにスカーフを巻いている。

サクラ「お疲れ様、デート楽しんでね」
コノミ「はい!お疲れ様でした〜♡」

  二人は入口前で分かれ、互いに去っていく。
  コノミの頭の上には見えない花が舞っている。
  サクラはため息をこぼした浮かない顔をしている。

〇住宅街の道(夜)

  スーツ姿の円居サクラが歩いている。
  サイレンの音が聞こえ、サクラは振り向く。
  消防車がサクラの横をすり抜けていく。

円居サクラ(火事……)

  サクラは顔を歪め、去っていく消防車を見つめている。

〇クリスマスの飾りつけがされたリビング(夜)※回想
  
  部屋の中が燃えている。
  小学生のサクラが独りぼっちで泣いている。

サクラ「ママ、パパッ!」

  火の勢いが増す。

サクラ「けほっ、けほっ」

  サクラは咳込み、その場にへたり込む。
  サクラの頭上に燃えているクリスマスツリーが倒れてくる。

サクラ(え、嘘っ!)

「ガッシャーン」

  ブラックアウトする。
 
〇住宅街の道(夜)※回想終了

サクラ(嫌なこと思い出した)
サクラ(……銭湯行こう)

  サクラが夜の住宅街を歩いてゆく。

〇銭湯の前の道(夜)

サクラ(はぁ……)

  私服に着替えたサクラが銭湯の前に来ると、顔見知りのおばちゃんが二人いる。頬を紅潮させた二人は、何やら会話に花を咲かせている。

サクラ「……ん?」
サクラ(おばちゃんたち、やたらほくほくしてない?)
おばちゃん①「あら、サクラちゃん!」
サクラ「こ、こんばんわ!」
おばちゃん②「今日はいいわよ~」
サクラ「は、はぁ……」

  サクラ、困り顔になる。
  おばちゃんたちは頬を染めたまま、互いに顔を見合わせる。

おばちゃん①「私たちもサクラちゃんくらい若かったら──」
おばちゃん①・②「ね~」
おばちゃん②「ウフフ♪」

  おばちゃん二人はニヤニヤしながら去って行く。二人の周りには見えない花が舞っている。

サクラ(何だったの……?)

  サクラはおばちゃんたちの去って行った方を振り向く。
  しかしすぐに、銭湯の引き戸に手をかける。
  サクラは銭湯の中に入っていく。

〇銭湯の入り口(夜)

  番台に白いジャージ姿のモトキが一人で立っている。サクラに気付き、驚き目を見張っている。
  サクラはそれに気づかず、脱衣場の方を見ている。

サクラ「おばあちゃん、女一人ね」

  サクラは言いながら、番台の方を向く。真顔になったモトキがいる。サクラが驚き目を見開く。

サクラ「……って、え!?」

  番台の彼のアップ。真顔(無表情)。

モトキ「200円」

  サクラ、慌てて一歩後ろに退く。

サクラ(おばちゃんたちのほくほくの原因ってこれ!?)
モトキ「入らないんすか?」
サクラ「入る! 入ります、けど……」
モトキ「けど、なに?」
サクラ「おばあちゃんは? いつもの……」
モトキ「あぁ、ばあちゃんは──」

  モトキの顔が悲しそうに歪む。

〇おばあちゃんの家・階段(昼)※回想

  おばあちゃんが階段を降りようとして、踏み外す。

おばあちゃん「あ……っ!」

  階段の下に落ちたおばあちゃんが足首をさすっている。
  スーツ姿のモトキが走ってやってくる。倒れ込んだおばあちゃんの両肩に手を置き、おばあちゃんがさすっている足首を心配そうに見る。

モトキ「ばあちゃん大丈夫!?」
おばあちゃん「おやまあ、やっちまったよ」

  さすっている足首は、赤く腫れあがっている。

モトキ「『やっちまった』なんて場合じゃないでしょ!」

〇銭湯の入り口(夜)※回想終了

  無表情のままのモトキの前で、驚くサクラ。

サクラ「え!? おばあちゃん大丈夫なの!?」
モトキ「ん。足の骨折れたけどそれ以外はピンピンしてます」
サクラ「なら良かった……」

  サクラは右手を胸に当てながら、ほっと安堵の息をつく。

モトキ「で、200円」
サクラ「あー……」

  サクラが思案顔をして、ちらりと脱衣場の方を向く。

サクラ(番台さんから脱衣場、見えるんだよな)
サクラ(いつもは気にしてなかったけど……)

モトキ「入らないんすか?」

  サクラは脱衣場と、無表情のモトキを見比べる。

サクラ(でもやっぱり入りたい! この悪い気を流したい!)

  サクラ、迷って目をつぶり「うーん」と唸る。

モトキ「入らないなら帰ってください。もう遅い時間だし」

  モトキが自身の腕時計をサクラに見せる。
  デジタル時計のそれは、22:30を示している。

サクラ「あー入る! 入ります!」

  サクラ、慌てて鞄から財布を取り出す。
  差し出されたモトキの手に、200円を乗せた。

モトキ「ん、どーぞ」

  モトキが脱衣場の方を手のひらで指し示す。
  サクラは脱衣場へ向かった。

〇銭湯・女湯の中(夜)

  サクラが浴場の戸を開ける。
  湯煙の向こうに、湯舟がある。誰も他にいない。

サクラ(良かった、一人だ)

  サクラはさっそく鼻歌を唄いながら、シャワーで身体を流す。湯船に入ると、その中に座り、鼻歌を唄う。

サクラ「ふふーん♪」

  広い浴場の中に、湯煙が広がっている。

サクラ・モノローグ『私は銭湯が好き』
サクラ・モノローグ『大きなお風呂に入ると、それまで自分が抱えていた問題が全部ちっぽけに思えるし──』
サクラ・モノローグ『嫌なことも全部、お湯が流してくれるから』

  サクラは鼻歌を止め、自身の胸元に目線を落とす。
 
サクラ(でも、やっぱ脱ぐと気になるなぁ……)
サクラ「……火傷の痕」

〇ラブホテルの中(夜・薄暗い)※回想

サクラ・モノローグ『10年前。初めての彼氏とのハジメテだった──』

  ベッドの上にあおむけに寝転ぶサクラの上に、元カレが覆いかぶさっている。二人はキスに興じている。

元カレ「なぁ、サクラ──」
サクラ「ん……?」
元カレ「サクラの全部、見せて」

  元カレがサクラのブラウスのボタンを外していく。
  サクラは頬を紅潮させながら目をつぶり、ドキドキと胸を高鳴らせていた。
  元カレの手が不意に止まる。

サクラ「……?」

  サクラはそっと目を開ける。
  元カレはサクラの上から退いていた。

元カレ「ごめん、俺、サクラ抱けねーわ」

  元カレは脱ぎ捨てていたシャツを拾って羽織り、ボタンを留め直していく。
  サクラはベッドの上で起き上がり、彼を呆然と見つめる。

サクラ「え?」
元カレ「なんつーか、その……、萎えた」
サクラ「は……?」
元カレ「だってその痕……キモチワルイし」

  サクラははっと自分の胸元を見る。
  幼いころの火事の、火傷の跡が生々しく残っている。

元カレ「お前のカラダじゃ勃たねーわ、俺」

  元カレが去って行く。 
  ブラックアウトする。

サクラ・モノローグ『あれから私は──』
サクラ・モノローグ『──恋ができなくなった』

〇銭湯・女湯の中 ※回想終了

サクラ(あーやめやめ! マイナス思考も洗い流すの!)

  サクラは湯船の中でぶんぶんと頭を振り、両頬をぺちぺちっと叩く。

サクラ「よし!」
サクラ(こういう時は鼻歌だ!)
サクラ「ふふーんふーん♪」

  サクラは湯煙を見上げる。
  もくもくと上がる湯煙が、天井に当たって消えてゆく。

サクラ・モノローグ『ほら、流れていく』
サクラ・モノローグ『嫌な気持ちも、嫌な記憶も……』

サクラ(さて、そろそろ上がりますか)

  サクラが湯船から上がり、シャワー台の間を歩いていく。

サクラ「あーさっぱり──」

  サクラが落ちていた石鹸を踏み、滑る。

サクラ「――っ!?」

  「ドンッ」っと鈍い音を立て、サクラはその場に尻餅をつく。

サクラ「ったーい!」

  サクラはすっ飛んでいった石鹸に気づく。

サクラ(こんなところに石鹸!? そりゃ滑るわ……イテテ)

  腰をさするサクラ。
  浴場の引き戸が勢いよく開く。
  湯煙の向こうに、人影が見える。

「大丈夫ですか!?」

  こちらに近づいてくる人影がモトキであることが分かる。
  サクラは痛みで動けずに、固まっている。
  モトキはサクラを確認すると、驚き目を見開く。

モトキ「……っ!」

  慌てて目をそらし、ばさっと白いタオルをサクラに向かって投げる。
  タオルはサクラの上に無事、着地する。

モトキ「何も見てねーから!」

  後ろを向いたままのモトキは、耳元まで赤くなっている。
  サクラはぽかんとしている。

サクラ「……?」

  しかし、すぐにはっと目を見開く。

サクラ(私、裸──……)
サクラ「きゃーーーーっ!」

  サクラの声が浴場の中に響く。
  モトキは慌ててサクラの方を振り返る。
  サクラは慌ててタオルを身体に巻き付け、胸元を隠した。

モトキ「見てないです」
サクラ「見た……のね」
モトキ「見てないですからね!」

  モトキはむっとする。
  サクラはモトキから視線を逸らし、表情を曇らせる。

サクラ「まあ、見なかったことにしたいよね」
モトキ「はぁ?」

  モトキは不思議そうな顔をする。
  サクラは自嘲するように、流し目で笑顔を浮かべる。

サクラ「ごめん、変なもの見せた。忘れて」

  サクラは床に手をつき立ち上がろうとする。

サクラ「──っと」
サクラ(あ、あれ!? 身体に力が入らない!)

  驚くサクラ。頭からは汗が飛んでいる。
  相変わらずモトキは無表情だが、サクラの横にしゃがんだ。

モトキ「もしかして立てないんすか?」
サクラ「おっかしーな。立てないことないと思――」
サクラ「イテテ……」

  サクラは腰をさする。
  モトキは頭に手を当て、ため息を零す。

モトキ「はぁ」
モトキ「じっとしててくださいよ、おねーさん」

  モトキはサクラの背中と膝の裏に手を差し込み、サクラの身体を持ち上げる。
  サクラの頬は紅潮し、ドキドキと胸が高鳴っている。

サクラ(いや横抱きにされたからってなにドキドキしてんの私!)
サクラ(そりゃこんなに近くに男性感じたの久しぶりだけども!)
サクラ(タオル一枚ごしだけども!)
サクラ「わわっ!」

  サクラは足をばたばたとさせてしまう。
  モトキはあきれ顔になる。

モトキ「暴れないでください。落としそうです」
サクラ「す、すみません……」

  モトキに抱かれたまま、サクラは浴室を出て行く。

〇銭湯の脱衣場(夜)

  サクラを抱きかかえたモトキが、脱衣場にある木製のベンチにサクラをそっとおろす。
  サクラは慌てて胸元のタオルを巻きなおす。

モトキ「……しょっと。おねーさん座ってて」
モトキ「家族に電話してくる。女性の方がいいでしょ?」
サクラ「ありがとう……」

  サクラの御礼の声もそこそこにモトキは後ろを向いて行ってしまう。

サクラ(びっくりした)
サクラ(まさか自分がこんなに男性に耐性ないなんて)

  ほう、と息をつきながら、サクラは胸に手を当てる。まだドクドクと、胸が高鳴っている。

サクラ(ってか男性というより男の子って感じだったよね)
サクラ(高校生? ヤバ、犯罪じゃん)
サクラ(いや、まだ何もしてない! 犯罪ではない!)
サクラ(ってか何を考えてるんだ私は~~!)

  一人でコロコロと表情を変えながら慌てるサクラ。深呼吸をして、心を落ち着ける。
  ちらりと横を見る。サクラの荷物を入れたロッカーが、すぐ上にある。

サクラ(とりあえず服着よ)

  サクラは座ったまま、ロッカーに手を伸ばす。

サクラ(……手、届かねー!)

  モトキが無表情のまま戻ってくる。

モトキ「すみません、うちの人来れないみたいで──って」

  モトキがはっと目を見開く。
  サクラがモトキの方を振り返り、手を伸ばしたままはっとする。

モトキ「何やってんのおねーさん!」
サクラ「いや、服を着ようとね? カゴに手を伸ばしてだね……」

  モトキが呆れた顔になる。

モトキ「それは見れば分かります」
モトキ「でも大人しくしてて」

  モトキの頬が赤らんでくる。

モトキ「俺が困るから。……その……」

  モトキがうつむく。
  サクラは伸ばしていた手を下ろし、バスタオルをしっかりと止め直す。

サクラ「ごめん、汚いもの見たくないもんね」
サクラ「でもバスタオル一枚じゃ心許なくて」

  うつむくサクラ。
  モトキが近づいてくる。

モトキ「あーはい、俺が取るから」

  モトキがサクラの荷物を取り出す。
  畳まれて置いていた荷物の一番上に、サクラの下着が乗っている。

  モトキは目を見開き、慌ててベンチの上、サクラの横に荷物を置き後ろを向く。
  サクラも隣に置かれた荷物を見て、目を見張る。

モトキ「見てませんからッ!」
サクラ(しかも着てたやつ!)
モトキ「見てないですからね!」

  後ろを向いたモトキの耳が真っ赤になっている。
  サクラはため息をつく。

サクラ「いや今のは確実に見たでしょ」
モトキ「見てないです目閉じてました!」

  必死な形相のモトキに、サクラは笑みをもらす。

サクラ「……ぷっ!」
サクラ「そこまで必死にならなくていいよ、気遣ってくれてるのは伝わってる」

  モトキはちらっと振り返る。

モトキ「……」

  けれどすぐに、ぷいっと向こうに向き戻ってしまう。
  サクラは笑いが堪えられず、肩を揺らす。

サクラ「あははっ! なんかキミ面白いね!」
サクラ「若いな~……ふふっ!」
モトキ「あーもう」

  モトキが言いながら、勢いよく振り返る。ムッとしている。

モトキ「見ましたよ! おねーさんの裸も下着も!」
モトキ「スミマセンでした!」

  はっとするサクラ。しかしすぐに視線をそらし、悲しそうな顔をする。

サクラ「そっか、やっぱり見られてたんだ」
サクラ「ごめんね、汚いもの見せて」

  流し目のサクラに、モトキは良く分からないという顔をする。

モトキ「え?」
サクラ「忘れてね」
サクラ「きっとキレイな身体してる子は世の中にたくさん──」
モトキ「何言ってんすか?」

  サクラはモトキの声を気にせず、ため息を零して続ける。

サクラ「汚かったでしょ、私の体」
サクラ「昔ね、このせいで元カレに勃たないって言われたことあって」
サクラ「世の中の女性の身体はもっと綺麗だから――」
サクラ「私の汚い体を見たことがキミのトラウマにならないといいなぁって」

  サクラは流し目のまま、自嘲するように笑顔を見せる。
  モトキははっとする。

サクラ「……ごめんね、こんな話」
サクラ「でもキミはまだ若いからたくさん恋をして健全に──」
モトキ「汚くなんてない!」

  モトキの顔は怒っている。
  サクラはモトキに見上げる。

サクラ「え……?」
モトキ「汚くなんてないだろ!」
モトキ「俺の身体ドキドキしてんの、さっきから抑えんの必死なんだけど!」

  モトキは怒りながらも頬を赤くする。
  サクラは目をぱちくりする。

モトキ「なのにバスタオル一枚で目の前でペラペラ喋って」
モトキ「こっちの気も知らないでさ!」
モトキ「それに汚い? 俺、おねーさんのカラダキレイだと思うよ」
モトキ「なんつーか……その……」

  モトキが口をもごもごと動かす。
  サクラは首を傾げる。

モトキ「……勃ってるし」

  頬を真っ赤にするモトキ。
  サクラは思わず、モトキの股間をガン見してしまう。

モトキ「……」

  モトキがじっとサクラを見ている。
  サクラははっと顔を逸らす。サクラも顔も真っ赤になっている。

サクラ(いやいやナニ男性の股間マジマジ見てるの私!?)
サクラ(完全に痴女じゃん!)

サクラ「あの……なんか……ごめん」
モトキ「あ、いや……俺も変なこと言いました」
モトキ「スミマセン」

  二人は互いに向き合い視線を反らしあったまま、しばし沈黙。
  モトキはくるりと身体の向きを変える。

モトキ「着替え終わったら声かけてください」
モトキ「もう閉店だから送ります」

  モトキはそのまま、脱衣場から番台に戻っていく。
  サクラは戻っていくモトキの背中を黙って見送る。

  脱衣場にはサクラが一人取り残されている。
  モトキの姿が完全に見えなくなり、ため息を零した。

サクラ「はぁ」
サクラ(いい年した大人が何やってんだか)

〇住宅街の道(夜)

 静かな住宅街。モトキがサクラをおぶって歩いている。
 モトキは相変わらず無表情だが、サクラの頬は赤らんでいる。

サクラ(おんぶ……かぁ)
サクラ(高校生でも身体は男の人なんだなぁ)
サクラ(背中広いしあったかいし──)
サクラ(心地いい揺れ)

  サクラはモトキの背中でそっと身を寄せ、目をつぶる。

サクラ(久しぶりだなぁ)
サクラ(誰かにこんなに優しくしてもらったの)

◯マンションの廊下(夜)

  サクラをおぶったまま、モトキがサクラの部屋の前に到着する。

モトキ「着きましたよ、おねーさん」

  心地よい揺れにウトウトしていたサクラ。
  モトキの声にはっと目を開く。

サクラ(あれ、家の場所教えたっけ?)
モトキ「鍵あります?」
サクラ「あ、うん」

  サクラは肩にかけていた鞄から鍵を取り出す。
  それを手渡され、部屋の鍵を手早く開けるモトキ。

〇サクラの部屋(夜)

  サクラをおぶったモトキが部屋に入ってくる。
  そのままベッドまで運び、ベッドサイドにそうっとサクラを下ろした。

モトキ「……んしょっと」
モトキ「ここでいいっすか?」
サクラ「うん、わざわざベッドまでありがとう」

  モトキは立ち上がり、ベッドに腰かけるサクラと向かい合う。
  サクラは頬を赤らめ目線を右下へ向ける。

モトキ「動けない人玄関に放置していくのもどうかと思っただけです」
モトキ「ってかちょっと鍵預かりますね」

  モトキはまだ手に持っていたサクラの部屋の鍵を、サクラに見えるように掲げた。

モトキ「銭湯の鍵返してくるのと、湿布とか持ってきます」

  サクラははっとしてモトキの方を向く。

サクラ「え、いいよそこまでは」
サクラ「ここまで運んできてくれただけで十分」

  モトキは不機嫌そうに顔を歪める。

モトキ「いや、おねーさんが怪我したのうちの銭湯が原因だから」
モトキ「そこは責任持つっていうか、ほっとけないじゃないっすか」

  眉間にしわをよせたモトキ。
  サクラはそんなモトキに自然な笑みを向ける。

サクラ「キミは口は悪いのにモテるタイプだ」

  モトキの顔にも笑みが浮かぶ。

モトキ「なんすか、それ」

  へへっと笑うも、すぐに真顔に戻るモトキ。

モトキ「……大人しく待っててくださいよ、おねーさん」

  モトキが部屋を出て行く。
  サクラはその背中を見送り、ドアが閉まると痛めた腰を労わりながらベッドに横になった。
  天井をぼうっと見つめる。

サクラ(うっかりドキドキしてしまった)
サクラ(でもたまにはトキメキも大事──)

  思いながら、サクラはため息をこぼす。

サクラ(――なんて、思考が完全にオバサンだな)
サクラ(仕方ないよね、私は恋なんてできないもん)

  サクラは目をつぶる。

サクラ(あの子はきっとこれからたくさん素敵な恋をするんだろうな)
サクラ(頑張れよ、少年(誰目線だよ))

〇サクラの部屋(夜)※時間経過

  モトキが部屋の扉を開けて入ってくる。
  その手には湿布の入ったビニール袋が握られている。
  サクラはベッドの上で寝息を立てている。

モトキ「って、寝てんのかよ」

  モトキはサクラの寝顔を覗いた。
  モトキの顔に、優しい笑みが浮かんでいる。

モトキ(……無防備な人)

  モトキはそっとサクラの頭を撫でる。
  そのままサクラに顔を寄せ、優しくキスをする。

〇サクラの部屋(朝)※時間経過

  窓から朝日が入り、小鳥がさえずっている声が聞こえる。

  ベッドの上に寝ていたサクラの目が覚める。
  サクラは何かに気が付き、右下の方を見てみる。
  モトキがベッドの縁に頭を預けるように床に座り、寝ていた。
  サクラは慌てて起き上がる。

サクラ「な、なんでいるの!?」

  それが痛めた腰に響く。あまりの痛さに、腰をさすりながらサクラは涙目になる。
  モトキが目覚め、顔を上げる。

モトキ「ん……あ、おねーさんおはよ」

  モトキはふにゃんとした起き抜けの顔をしている。
  サクラは思わず普通に挨拶を返す。

サクラ「お、おはよ」

  すぐにはっと目を見開く。

サクラ「って、なにナチュラルに挨拶してるの!」
サクラ「何でキミがここに!?」

  モトキはいつもの無表情に戻り、冷静に話し出す。

モトキ「昨日湿布とか持って戻ってきたら寝てたのおねーさんの方ですよ」

  サクラは固まる。

サクラ(そうだった! 私寝ちゃって──)
モトキ「ま、いーや」
モトキ「どう? まだ痛みます?」

  モトキが無表情のまま、体勢も変えずにサクラに訊く。
  サクラは腰をさすりながら、痛みの具合を確かめる。

サクラ「昨日よりはマシかな」

  サクラは不意に目覚まし時計が目に入る。
  時計の針は8時過ぎを指し示していた。

サクラ「ってか仕事行かなきゃ! キミも学校じゃないの!?」

  慌てて立ち上がろうとするサクラ。
  サクラの腰が「ピッキーン」と悲鳴を上げる。

サクラ「って、いったーい!」

  モトキはため息を零す。

モトキ「その腰で出かけるつもりです? 今日くらい仕事休めばいいじゃないですか」
モトキ「ちなみに俺は今日の講義、午後からだから」

  サクラは腰をさすっている。

サクラ「……そうね、悔しいけどこれじゃ仕事行けないし──」

  サクラは腰をさする手を止め、モトキの方に向き直る。

サクラ「でもキミももう帰りな」
サクラ「いつまでもこんなオバサンの家にいさせるの悪いよ」
サクラ「お家の人も心配するだろうし」

  モトキは眉間にしわを寄せ、不機嫌な顔になる。

モトキ「は?」

  しかしすぐに真顔に戻る。

モトキ「……じゃあ湿布貼ったら帰ります。おねーさん背中出して」
サクラ「え?」

  驚くサクラ。
  モトキは表情を変えない。

モトキ「湿布」
サクラ「ああ、……うん」

  ベッドにうつ伏せになるサクラ。服をめくり上げると、無表情のモトキが優しく湿布を貼ってゆく。

サクラ(なんだかくすぐったいな。こういうの)

モトキ「ねえ、おねーさん。俺が昨日帰らなかったの何でだと思います?」

  湿布を貼り終えたモトキが、ゴミを丸めながらサクラに訊く。
  サクラはゆっくりと仰向けに戻り、身体を起こそうとしている。

サクラ「……ん?」
サクラ「私のこと介抱しようとして──」

  モトキはため息をこぼしながら、ゆっくりと起き上がるサクラを手伝うように背中に手を置く。

モトキ「それもあるけどそれだけじゃないです」
モトキ「分からないです?」

  モトキが間近でサクラの顔を覗き込む。
  サクラが息を呑む。顔が赤くなる。

サクラ「えっと……」
サクラ「スミマセンちょっと分からないです」

  サクラの顔をじーっと眺めるモトキ。
  サクラの顔がどんどん赤くなってゆく。

モトキ「昨日見ましたよね?」
モトキ「俺のアレが、おねーさんに反応して──」

  モトキの頬が赤くなる。そっとサクラの前から退き、サクラの前に立った。
  サクラはモトキを見て驚いている。

サクラ「まさか、キミ──」

モトキ「……俺と、付き合いません?」

  頬を染めたまま、柔らかく笑うモトキ。
  サクラは口をパクパクさせ、モトキを見上げる。
  見つめ合う二人。

サクラ・モノローグ『……』
サクラ・モノローグ『…………』
サクラ・モノローグ『……………………』

サクラ「はぁ~~~~!?」
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