【シナリオ】カラダ(見た目)から始まる恋はアリですか!?
第二話 銭湯の孫は次期支配人!?
〇サクラの部屋(昼)
モトキ「だから、俺と付き合いません?」
ベッドの上に起き上がったサクラの上に、モトキが覆いかぶさっている。二人の顔の距離は、わずか10センチほど。頬を赤らめながらも真剣な瞳を向けるモトキに、サクラは頬を赤らめドキドキしている。
モトキ「……ダメです?」
モトキはすっとサクラから身体を離す。
サクラはほっと安堵の息をつく。
サクラ「ダメ……っていうかさ、 突然どうした?」
サクラ「もしキミが私の裸見てドキドキして、それを恋だって言うなら──」
サクラ「それは恋じゃなくて 〝性欲〟だと思うよ?」
モトキ「ち、違っ! 俺はちゃんと──」
サクラ「大体こんなオバサンに向かって『付き合いません?』はないよ。キミにはキミに合う若い子がいいと思う」
サクラ「私もうすぐ30だよ? アラサーだよ? キミまだ高校生くらいでしょ?」
モトキ、急にムッと顔をしかめる。
モトキ「高校って……俺もう20歳だし!」
モトキ「人の話聞いてました? 俺さっき講義午後からだって言いましたよね? それで大学生って分かんないです!?」
モトキ「大学生だし大人だし! ってかおねーさんはオバサンじゃねーし!」
ぽかんとするサクラ。しかしすぐにため息をこぼす。
サクラ「いやいやだからって急にお付き合いは無理だよ。お互いのこと何も知らないじゃない?」
モトキ「……」
モトキはサクラの顔をじっと見つめる。
サクラがそれにたじろぐ。
モトキ「知ればいいんですか?」
サクラ「え?」
モトキは目を吊り上げる。
モトキ「お互いのこと、知れば良いんですか?」
モトキ「お互いのこと知ったら付き合ってくれるんですか?」
モトキの剣幕に圧倒され、背を仰け反らせるサクラ。
サクラ「それは飛躍しすぎだけど、でもまあお互いのこと知ってお互いにいいなって思えばアリだとは思う」
モトキ「じゃあ、知ってよ俺のこと。教えてよおねーさんのこと」
サクラは慌てるように顔をそむける。
サクラ「一般論として! ね!」
サクラ「そもそも私はキミなんかに釣り合わないよ。10歳も離れてるんだよ?」
モトキ「何で? 生まれた年がちょっと遅いからってだけで俺はおねーさんの恋人にはなれないの?」
モトキ「そんなのおかしいでしょ!」
モトキのあまりの剣幕に、サクラはごくりと唾を飲みこむ。
サクラ(それを言われると──)
モトキはサクラの寝ているベッドの横にさっと膝をつき、悔しそうな顔をする。
モトキ「俺、許せないです」
サクラ「え?」
モトキ「おねーさんのカラダはキレイなのに勃たないとか言っておねーさん傷つけたクソみたいな元カレ」
サクラ「キミはよくもまあ、人の傷口をえぐるようなことを──」
モトキ「俺はおねーさんのことそんな風に傷つけません。だって俺は──」
モトキ「ちゃんと勃ったから!」
モトキは顔を赤らめながらもサクラをじっと見つめる。呆然とするサクラ。
サクラ「……」
サクラ(だからそれは〝性欲〟なんだって……)
〇ホテルの従業員出入り口・外(朝)
サクラが入口の中へ入っていこうとしている。コノミがサクラを見かけるが、サクラは気づいていない。なお、コノミは朗らかな笑顔をしているが、サクラは真顔をしている。
コノミ「円居さん、おはようございます〜」
サクラ「あ、おはよ」
素っ気なく返事をし、先に行ってしまうサクラ。コノミはサクラの後ろ姿を見て、頭に?を浮かべる。
コノミ(円居さん……?)
〇ホテルの裏通路(昼)
ホテル裏通路を、メイドやレセプションが行き来している。その通路に、部屋の扉がある。扉には【グーヴェルナイユ東京 客室部】と書いてある。
〇ホテルの事務室・客室部(昼)
並んでいる机にノートパソコンを開いたスーツ姿のサクラが座っている。カタカタとパソコンを打ちながら、鬼の速さで業務を進めていく。
コノミと刈谷崎部長がそれ見て、驚き目配せをしている。
刈谷崎部長:背が高く背幅も大きい、スーツの似合うイケオジ。ヒゲはなく、目元は人の良さそうな垂れ目。
サクラ「はぁ……」
サクラ(20歳かぁ……若いな)
サクラ(でも20年も生きてるんだから〝性欲〟と〝恋心〟の違いくらい分かんないかな)
サクラ(あー、このモヤモヤ洗い流したい! けど銭湯には行きにくいし……)
サクラ「はぁ……」
サクラを遠くに、コノミと部長が部屋の隅でこそこそと話す。
コノミ「部長、円居さんどうしたんですか?」
刈谷崎部長「いや分からん。朝からずっとあんな感じで──」
二人がちらりとサクラを振り返る。
サクラはパソコンをカタカタ叩きながら仕事に精を出している。
サクラ(どーすっかなー銭湯おばあちゃんの様子も気になるし……)
二人が前に向き直る。
部長「……しかも異様に仕事が早いんだ」
サクラ「あ、部長これ終わりましたー」
サクラの声に部長がピクリと肩を揺らし、振り返ってサクラから紙を受け取る。
部長「お、おう。ありがとうな」
サクラは何もなかったかのように自分のデスクに戻っていく。
コノミ「は、早い!」
部長「な。仕事の悩みじゃなきゃいいが……」
サクラ「部長、何かやること──」
突然こちらを振り返ったサクラに驚く二人。
コノミは自分のデスクに戻っていく。
部長はわちゃわちゃしながら手元で次の仕事を探している。
部長「あー、えーっと……」
突然、部長のスマホが震える。
慌ててスマホをとる部長。
部長「ああ、私だ ──え、清掃が終わらない!?」
部長「分かった、二人送るよ」
電話の途中で部長の元にやってきたサクラ。
その速さに驚く部長。
サクラ「何階ですか?」
部長「5階南側、5012と5014 ベッドメイキングとダスティングを頼む。寺田も行けるか?」
コノミ「はい」
〇ホテルの廊下(昼)
調度品の並ぶ、じゅうたんの敷かれた廊下を二人は足早に歩く。間接照明がおしゃれな、ラグジュアリーな廊下である。
コノミ「最近多いですよね、部屋作り終わらないの」
サクラ「仕方ないよ。最近稼働率高いし、お客さんのアウト時間遅くなったし」
コノミ「ゆっくり滞在できるのがこのホテルのウリですもんね~」
歩いていると目の前にA4サイズのボードを抱えたメイド姿の女性(清掃のパートタイム従業員)が立っている。二人に気づくと泣きそうな顔で駆け寄ってくる。
パートさん「社員さーん!」
サクラ「私は5014入るね、5012はよろしく」
サクラは素早くコノミに仕事を割り振る。
パートさんはまだ泣きそうな顔をしている。
パートさん「すみません、 最近いつも終わらなくて……」
サクラ「泣いていても仕方ないよ。ほら、手動かそう!」
パートさん「はい~」
〇ホテルの客室・ベッドルーム(昼)
ホテルの客室の鍵を開け、入るサクラ。目の前にダブルベッドが現れ、思わず後ずさってしまう。
サクラ「げ、ここダブルベッドじゃん」
サクラ「この間腰痛めた所なのに……(重いんだよな、ダブルベッド)」
しかしサクラは気合を入れ直し、ベッドに向かい合う。
サクラ「仕方ない、いっちょやりますかっ!」
サクラは手早くピローケースからピローを抜き、デュベカバーを外していく。シーツを引き抜くとリネン類をまとめ、くるくると巻いて部屋の外に運んだ。戻ってくるときに新しいリネンを持ってきたサクラは、そのままピローをピローケースに入れシーツを角を整えて設置した。
サクラ「シーツよし、ピローよし」
サクラ「あとはデュベを──……入った!」
デュベも無事カバーに入り、サクラは足元の余った部分をベッドの足に入れ込んでいく。
サクラ「角整えて、 ベッドカバーつけて──押す!」
サクラは気合でベッドの足元側からダブルベッドを押す。しかし、なかなか動かない。
サクラ「う、ダブルベッド重……」
サクラ「もう少し、うぬぬぬ……」
必死にベッドを押すサクラ。
サクラの腰が「コキッ」と悲鳴を上げる。
サクラ「いたーーーーいっ!」
〇ホテルの客室・ベッドルーム(昼)※時間経過
ガチャリと客室の扉が開き、コノミが入ってくる。
コノミ「円居さーん、 12終わりましたけどこっち──」
言葉の途中でコノミは目を見開き、動きを止める。
コノミの目の前で、サクラが腰を擦りながら這いつくばっている。
サクラ「こっちも終わったよ……色んな意味で」
青ざめた顔でサクラが言う。
コノミは慌ててサクラの元へ駆け寄る。
コノミ「そういうのいいですからっ! どうしたんですか円居さん!?」
サクラ「腰やっちゃったみたい」
コノミ「え!? 大丈夫です!? 立てます!?」
サクラ「無理かも……」
サクラはコノミに、死にかけたような顔を向ける。
コノミ「ちょ、助け呼んできますね!」
コノミは慌てて部屋を出てゆく。
残された部屋で、床に向かってサクラはため息をこぼす。
サクラ(はぁ……情けない)
〇ホテルの廊下(昼)
廊下の隅で、コノミが焦った顔でどこかへ電話をかけている。
コノミ「あーもう部長全然繋がらないしっ! 直接呼んできた方が早いかな……」
不意に誰かがコノミの肩を叩く。慌てて振り返り、はっとして笑顔を貼り付ける。
コノミ「はいっ! こんにちは、どうかなさいましたか?」
コノミの目の前には、スーツ姿のモトキが立っている。爽やかな笑みを浮かべながら、輝くようなスーツを着こなす彼は王子様然としている。
コノミ(嘘、この人どえらい男前……)
モトキ「それはこっちの台詞ですよ」
見惚れていたコノミははっと我に返る。
コノミ「すみません、てっきりお客様かと──」
モトキ「お客様にその態度、見られたらまずいっすね」
コノミ(ギク……っ!)
モトキ「でもその焦りよう ──何か困ってます?」
親身になってくれるイケメンにドキドキしつつ、コノミは部屋内での事を話し始める。
コノミ「あの、実は──」
〇ホテルの客室・ベッドルーム(昼)
サクラが相変わらず床に這いつくばり、腰の痛みと震えながら格闘している。
サクラ「痛い……動けない……」
サクラ「メイドさんたちもそんなに年齢変わらないはずなのに」
サクラ「一日30台くらいベッド組んでるよね? 何で彼女たちは腰を壊さないんだ?」
サクラ「運動不足……惨め……」
項垂れるサクラ。
すると突然部屋の扉が開き、コノミが入ってくる。その頭からは、見えない花が舞っている。
コノミ「ここです~」
コノミの後ろから、モトキが入ってくる。
サクラは驚き目を見張る。
サクラ「え!?」
サクラと目が合い、モトキも驚く。
モトキ「銭湯のおねーさん!」
コノミ(おやおや?)
コノミは何かを察し、すぐに部屋のはしに寄ると二人の様子を興味深そうに観察し始める。
サクラ「何で君がい──」
サクラ「ッテテテ……」
立ち上がろうとしたサクラは、腰の痛みに耐えられずその場に膝と手をつく。全く起き上がれそうにない。
モトキ「もしかして腰治ってないのに無理したんですか!?」
サクラ「はい……」
怒り出したモトキに、サクラは項垂れる。
コノミ(お二人はお知り合い?)
コノミ(それも、思ったよりも親密そう……♡)
モトキ「はぁ……」
モトキはため息をつきながら、サクラの横にしゃがみ込む。
モトキ「ほら、背中乗ってください」
サクラ「うう、何度もスミマセン……」
サクラは諦めたように、モトキに腕を引っ張られ大人しくモトキの背中に乗った。
コノミ(『何度も』ですって!?)
コノミは驚きつつ、二人をニヤニヤと見守っている。
サクラ「ごめん、 ダスティングだけお願いしていいかな」
コノミ「もちろんです!」
モトキにおぶられながらも申し訳無さそうな顔をするサクラに、コノミはニコニコ笑顔を返す。
サクラ「ほんっとうごめんね。ありがとう」
モトキ「行っていいっすか?」
モトキが顔だけ振り返り、サクラを見る。
サクラ「はい」
サクラの答えに、モトキが歩き出す。
コノミ(お幸せに~)
去っていく二人を見送るコノミの頭からは、見えない花が舞っている。
〇ホテルの事務室・客室部(夕)
モトキがサクラをおぶったまま、扉を開けて入ってくる。
サクラ「あー、ありがとうそこの椅子で……」
サクラは自分のデスクを指差し、モトキはそこへ向かう。
モトキ「はい──」
ゆっくりとサクラを下ろすが、最後にどすっと勢いがついてしまう。
サクラ「イ……っ」
モトキ「スミマセン! 大丈夫っすか!?」
焦ったモトキの顔を見て、サクラは机に腕をつきながら体を支え、無理やり笑みを浮かべる。
サクラ「うん、へーきへーき」
子犬のような目をしたモトキが肩をなでおろすのを見て、サクラも安堵の息をもらす。
サクラ(ふぅ……)
サクラ「ところで君は何でこのホテルにいるの? 社会科見学か何か?」
サクラの声にピクリと肩を揺らしたモトキ。ムッとして腰かけるサクラに前のめりになる。
モトキ「社会科って、 そんな小学生みたいなことしませんよ!」
モトキ「子供扱いするのいい加減やめてください! 俺、大学生っすから!」
モトキの剣幕に圧倒されるサクラ。身を引きながら目の前に両手を突き出しその手を振った。
サクラ「違う違う、そういう意味で言ったんじゃ──」
しかしそれが腰に響き、またピキンと腰が悲鳴を上げる。
サクラ「あう……っ!」
モトキはため息をついた。
モトキ「大声出さないでください。腰に響きますから」
モトキ「俺がここにいるのは研修ですよ、研修」
サクラ「研修? あー、あれだインターンシップ的な──」
モトキ「まあそんな感じです」
モトキはサクラのデスクに軽く寄りかかって腕を組み、部屋の中をぐるりと見回した。
サクラ「へぇ……銭湯の孫がホテル業界……」
サクラが呟くと、モトキはむっとした顔でサクラの顔を見た。
モトキ「何すか変すか? 文句ありますか?」
サクラ「いや、ないけど……」
サクラの頭から汗が飛ぶ。
モトキはまだムッとした顔をしている。
モトキ「けど?」
サクラ「……あの銭湯は 君がいなくなったら誰が継ぐのかなーって」
突然目を伏せるモトキ。
モトキ「あー、それは──」
サクラが頭に?を浮かべていると、突然事務室の扉が開く。
部長が入ってくるが、モトキがいるのに気がつくと驚き身体をピクリと震わせた。
部長「わ、モトキくん!?」
モトキ「ご無沙汰しております、元刈谷客室部長」
モトキは部長に身体ごと向き直り、ぺこりとお辞儀をした。
サクラ「え、部長知り合い?」
驚くサクラ。
部長は二人の元に歩み寄り、モトキの隣に立つ。モトキも部長の動きに合わせて、サクラの方に向き直った。
部長「なんだよ円居知らないのか? モトキくんは我がKajiiグループの御曹司で──」
部長の言葉に、サクラは目を見開く。
サクラ「御曹司──っ!」
部長「このホテル、グーヴェルナイユ東京の次期支配人だよ!!」
驚くサクラ、自慢げに話す部長。
その隣でドヤ顔のモトキが、サクラを見下ろしている。
サクラ「次期支配人──っ!」
驚くサクラの顔を覗くモトキ。その顔は、自信に満ちている。
モトキ「そうだよおねーさ……円居サクラさん (今、名札見て名前知った)」
サクラ「え、ってことは、つまり──」
突然、微笑むモトキの周りがキラキラと光り出す。
サクラ「めちゃくちゃセレブーーーーっ!」
サクラ「イテテ……(大声だしてまた腰に響いた)」
サクラは腰をさすっている。
部長「ところでモトキくん、こんな端っこの部署に何の用だろう?」
モトキ「円居さんが腰痛めて動けないって ことだったので送ってきました」
モトキ「けど、もしこのまま帰すのであれば──俺が家まで送りましょうか?」
勝手に話を進める二人に唖然とするも、サクラは慌てて目の前で手を振る。
サクラ「いやいいよ! 私まだ勤務中だし君も研修あるだろうし」
モトキがサクラの方を向く。モトキの眉尻は悲しそうに下がっている。
モトキ「心配なんです。この間だって腰痛めたばっかだし」
モトキ「あの時だって動けなくて、俺が部屋まで送ったじゃないですか」
部長(おや?)
二人の会話に、部長は傍観したまま何かを察して口元をほころばせる。
サクラ「あの時は確かに送ってもらったけど、それは諸々の事情を鑑みてああなっただけ」
サクラ「今回は完全に私の不注意だから大丈夫。一人で帰れるし電車ムリそうならタクシー捕まえるから」
早口に言うサクラ。モトキの眉尻が吊り上がる。
モトキ「『心配』って部分は拾ってくれないんすね」
二人の会話を傍観している部長は指を顎に置きながら、口角を上げる。
部長(ほう?)
モトキ「でも俺知ってますよ。おねーさんの部屋二階でしょ、一人で登れます?」
モトキがサクラに顔を近づける。
サクラは狼狽えて視線を足元に泳がせた。
サクラ「あ、うん……」
モトキ「それに、もう研修は終わりました」
モトキ「さっきはたまたま館内見て歩いてただけで」
サクラに顔を近付けながら言い寄るモトキ。
その背後で、部長がパンパン、と手を打ち鳴らした。
部長「はい、定時過ぎましたー。円居、帰っていいぞー」
サクラ「え、でも――」
サクラが部長を見上げる。
部長は両手を腰に当て、さくらの言葉を遮る。
部長「ちなみに仕事は昼間に円居がブツブツ念仏唱えながら超速で終わらせてたぞー」
サクラ「嘘っ!?」
部長「ホント」
驚くサクラに、部長は笑う。
モトキが部長の方を向く。
モトキ「じゃあ円居さん帰っていいんですね」
モトキがサクラの方を振り向く。
モトキ「ほら、送りますよ」
サクラ「一人で大丈夫だってば!」
サクラは立ち上がろうとする。
サクラ「よっこい……」
サクラ「いたーーーーっ!」
サクラは腰をのけ反らせ、痛みに涙目になってしまう。
モトキ「はぁ……。もう大人しくおぶられてください」
モトキがしゃがみ、サクラに背中を向ける。
自分で立てないと悟り、サクラはため息をこぼしながらもモトキの首元に手を伸ばす。
サクラ「はい……」
モトキがサクラを持ち上げ、立ち上がる。
モトキ「――っしょっと」
モトキが顔だけ振り返り、部長に軽く会釈する。
モトキ「では刈谷崎部長、失礼します」
モトキがサクラをおぶったまま、事務室を出ていく。
部長「おう、お疲れ~」
部長は優しい笑みを浮かべながら右手を軽く上げ、二人を見送る。その頭の上には、見えない花が舞っている。
部長(円居もまだまだ青いなー)
〇タクシーの車内(夕)
夕日の差し込むタクシーの後部座席に、モトキとサクラが並んで座っている。タクシーは家路を走っている。
モトキはドアポケットに頬杖をつき、流れていく車窓の風景をぼうっと眺めている。そんなモトキを、サクラはじっと見ている。
サクラ(結局タクシー捕まえてもらっちゃった)
サクラ(にしても、彼が御曹司で──)
サクラ(次期支配人かぁ……)
サクラ(もし彼と付き合ったら──)
サクラは想像するように優しく目を閉じる
〇キラキラな背景 ※想像
サクラが豪華なドレスを身にまとい、両手に扇子のように札束を持っている。
サクラ・モノローグ『スーパーセレブッ!』
〇タクシーの車内(夕)※想像終了
サクラは頭をぶんぶんと振る。
サクラ(っていやいや)
サクラがチラリと、モトキを見る。モトキはまだ、車窓の外を眺めている。
サクラ(彼は私より10コも年下の大学生なんだよ?)
サクラ(あの告白だって、きっと若気の至りみたいなものだろうし──)
不意にモトキがサクラの方を振り向く。モトキは不機嫌そうに、眉間にシワを寄せている。
モトキ「円居さん、何? さっきから俺の顔じーっと見て」
サクラは肩をピクリと揺らした。
モトキ「しかも一人で百面相してるし」
サクラ「え、あ、いや、これは……」
しどろもどろになり、サクラは視線を泳がせる。サクラの頬を、冷や汗が流れる。
モトキはサクラをじっと見つめ、しばらくの後ふっと口元を綻ばせる。
モトキ「……可愛い」
サクラ「はぁっ!?」
サクラは目をパチクリさせる。その頬は赤く染まっている。サクラは思わずのけぞってしまい、腰がゴキっと鳴る。
◯空(夕)
夕日に染まる空に、サクラの大声が響く。
サクラ「ったーーーーいっ! (また大声出しちゃったよ……)」
モトキ「だから、俺と付き合いません?」
ベッドの上に起き上がったサクラの上に、モトキが覆いかぶさっている。二人の顔の距離は、わずか10センチほど。頬を赤らめながらも真剣な瞳を向けるモトキに、サクラは頬を赤らめドキドキしている。
モトキ「……ダメです?」
モトキはすっとサクラから身体を離す。
サクラはほっと安堵の息をつく。
サクラ「ダメ……っていうかさ、 突然どうした?」
サクラ「もしキミが私の裸見てドキドキして、それを恋だって言うなら──」
サクラ「それは恋じゃなくて 〝性欲〟だと思うよ?」
モトキ「ち、違っ! 俺はちゃんと──」
サクラ「大体こんなオバサンに向かって『付き合いません?』はないよ。キミにはキミに合う若い子がいいと思う」
サクラ「私もうすぐ30だよ? アラサーだよ? キミまだ高校生くらいでしょ?」
モトキ、急にムッと顔をしかめる。
モトキ「高校って……俺もう20歳だし!」
モトキ「人の話聞いてました? 俺さっき講義午後からだって言いましたよね? それで大学生って分かんないです!?」
モトキ「大学生だし大人だし! ってかおねーさんはオバサンじゃねーし!」
ぽかんとするサクラ。しかしすぐにため息をこぼす。
サクラ「いやいやだからって急にお付き合いは無理だよ。お互いのこと何も知らないじゃない?」
モトキ「……」
モトキはサクラの顔をじっと見つめる。
サクラがそれにたじろぐ。
モトキ「知ればいいんですか?」
サクラ「え?」
モトキは目を吊り上げる。
モトキ「お互いのこと、知れば良いんですか?」
モトキ「お互いのこと知ったら付き合ってくれるんですか?」
モトキの剣幕に圧倒され、背を仰け反らせるサクラ。
サクラ「それは飛躍しすぎだけど、でもまあお互いのこと知ってお互いにいいなって思えばアリだとは思う」
モトキ「じゃあ、知ってよ俺のこと。教えてよおねーさんのこと」
サクラは慌てるように顔をそむける。
サクラ「一般論として! ね!」
サクラ「そもそも私はキミなんかに釣り合わないよ。10歳も離れてるんだよ?」
モトキ「何で? 生まれた年がちょっと遅いからってだけで俺はおねーさんの恋人にはなれないの?」
モトキ「そんなのおかしいでしょ!」
モトキのあまりの剣幕に、サクラはごくりと唾を飲みこむ。
サクラ(それを言われると──)
モトキはサクラの寝ているベッドの横にさっと膝をつき、悔しそうな顔をする。
モトキ「俺、許せないです」
サクラ「え?」
モトキ「おねーさんのカラダはキレイなのに勃たないとか言っておねーさん傷つけたクソみたいな元カレ」
サクラ「キミはよくもまあ、人の傷口をえぐるようなことを──」
モトキ「俺はおねーさんのことそんな風に傷つけません。だって俺は──」
モトキ「ちゃんと勃ったから!」
モトキは顔を赤らめながらもサクラをじっと見つめる。呆然とするサクラ。
サクラ「……」
サクラ(だからそれは〝性欲〟なんだって……)
〇ホテルの従業員出入り口・外(朝)
サクラが入口の中へ入っていこうとしている。コノミがサクラを見かけるが、サクラは気づいていない。なお、コノミは朗らかな笑顔をしているが、サクラは真顔をしている。
コノミ「円居さん、おはようございます〜」
サクラ「あ、おはよ」
素っ気なく返事をし、先に行ってしまうサクラ。コノミはサクラの後ろ姿を見て、頭に?を浮かべる。
コノミ(円居さん……?)
〇ホテルの裏通路(昼)
ホテル裏通路を、メイドやレセプションが行き来している。その通路に、部屋の扉がある。扉には【グーヴェルナイユ東京 客室部】と書いてある。
〇ホテルの事務室・客室部(昼)
並んでいる机にノートパソコンを開いたスーツ姿のサクラが座っている。カタカタとパソコンを打ちながら、鬼の速さで業務を進めていく。
コノミと刈谷崎部長がそれ見て、驚き目配せをしている。
刈谷崎部長:背が高く背幅も大きい、スーツの似合うイケオジ。ヒゲはなく、目元は人の良さそうな垂れ目。
サクラ「はぁ……」
サクラ(20歳かぁ……若いな)
サクラ(でも20年も生きてるんだから〝性欲〟と〝恋心〟の違いくらい分かんないかな)
サクラ(あー、このモヤモヤ洗い流したい! けど銭湯には行きにくいし……)
サクラ「はぁ……」
サクラを遠くに、コノミと部長が部屋の隅でこそこそと話す。
コノミ「部長、円居さんどうしたんですか?」
刈谷崎部長「いや分からん。朝からずっとあんな感じで──」
二人がちらりとサクラを振り返る。
サクラはパソコンをカタカタ叩きながら仕事に精を出している。
サクラ(どーすっかなー銭湯おばあちゃんの様子も気になるし……)
二人が前に向き直る。
部長「……しかも異様に仕事が早いんだ」
サクラ「あ、部長これ終わりましたー」
サクラの声に部長がピクリと肩を揺らし、振り返ってサクラから紙を受け取る。
部長「お、おう。ありがとうな」
サクラは何もなかったかのように自分のデスクに戻っていく。
コノミ「は、早い!」
部長「な。仕事の悩みじゃなきゃいいが……」
サクラ「部長、何かやること──」
突然こちらを振り返ったサクラに驚く二人。
コノミは自分のデスクに戻っていく。
部長はわちゃわちゃしながら手元で次の仕事を探している。
部長「あー、えーっと……」
突然、部長のスマホが震える。
慌ててスマホをとる部長。
部長「ああ、私だ ──え、清掃が終わらない!?」
部長「分かった、二人送るよ」
電話の途中で部長の元にやってきたサクラ。
その速さに驚く部長。
サクラ「何階ですか?」
部長「5階南側、5012と5014 ベッドメイキングとダスティングを頼む。寺田も行けるか?」
コノミ「はい」
〇ホテルの廊下(昼)
調度品の並ぶ、じゅうたんの敷かれた廊下を二人は足早に歩く。間接照明がおしゃれな、ラグジュアリーな廊下である。
コノミ「最近多いですよね、部屋作り終わらないの」
サクラ「仕方ないよ。最近稼働率高いし、お客さんのアウト時間遅くなったし」
コノミ「ゆっくり滞在できるのがこのホテルのウリですもんね~」
歩いていると目の前にA4サイズのボードを抱えたメイド姿の女性(清掃のパートタイム従業員)が立っている。二人に気づくと泣きそうな顔で駆け寄ってくる。
パートさん「社員さーん!」
サクラ「私は5014入るね、5012はよろしく」
サクラは素早くコノミに仕事を割り振る。
パートさんはまだ泣きそうな顔をしている。
パートさん「すみません、 最近いつも終わらなくて……」
サクラ「泣いていても仕方ないよ。ほら、手動かそう!」
パートさん「はい~」
〇ホテルの客室・ベッドルーム(昼)
ホテルの客室の鍵を開け、入るサクラ。目の前にダブルベッドが現れ、思わず後ずさってしまう。
サクラ「げ、ここダブルベッドじゃん」
サクラ「この間腰痛めた所なのに……(重いんだよな、ダブルベッド)」
しかしサクラは気合を入れ直し、ベッドに向かい合う。
サクラ「仕方ない、いっちょやりますかっ!」
サクラは手早くピローケースからピローを抜き、デュベカバーを外していく。シーツを引き抜くとリネン類をまとめ、くるくると巻いて部屋の外に運んだ。戻ってくるときに新しいリネンを持ってきたサクラは、そのままピローをピローケースに入れシーツを角を整えて設置した。
サクラ「シーツよし、ピローよし」
サクラ「あとはデュベを──……入った!」
デュベも無事カバーに入り、サクラは足元の余った部分をベッドの足に入れ込んでいく。
サクラ「角整えて、 ベッドカバーつけて──押す!」
サクラは気合でベッドの足元側からダブルベッドを押す。しかし、なかなか動かない。
サクラ「う、ダブルベッド重……」
サクラ「もう少し、うぬぬぬ……」
必死にベッドを押すサクラ。
サクラの腰が「コキッ」と悲鳴を上げる。
サクラ「いたーーーーいっ!」
〇ホテルの客室・ベッドルーム(昼)※時間経過
ガチャリと客室の扉が開き、コノミが入ってくる。
コノミ「円居さーん、 12終わりましたけどこっち──」
言葉の途中でコノミは目を見開き、動きを止める。
コノミの目の前で、サクラが腰を擦りながら這いつくばっている。
サクラ「こっちも終わったよ……色んな意味で」
青ざめた顔でサクラが言う。
コノミは慌ててサクラの元へ駆け寄る。
コノミ「そういうのいいですからっ! どうしたんですか円居さん!?」
サクラ「腰やっちゃったみたい」
コノミ「え!? 大丈夫です!? 立てます!?」
サクラ「無理かも……」
サクラはコノミに、死にかけたような顔を向ける。
コノミ「ちょ、助け呼んできますね!」
コノミは慌てて部屋を出てゆく。
残された部屋で、床に向かってサクラはため息をこぼす。
サクラ(はぁ……情けない)
〇ホテルの廊下(昼)
廊下の隅で、コノミが焦った顔でどこかへ電話をかけている。
コノミ「あーもう部長全然繋がらないしっ! 直接呼んできた方が早いかな……」
不意に誰かがコノミの肩を叩く。慌てて振り返り、はっとして笑顔を貼り付ける。
コノミ「はいっ! こんにちは、どうかなさいましたか?」
コノミの目の前には、スーツ姿のモトキが立っている。爽やかな笑みを浮かべながら、輝くようなスーツを着こなす彼は王子様然としている。
コノミ(嘘、この人どえらい男前……)
モトキ「それはこっちの台詞ですよ」
見惚れていたコノミははっと我に返る。
コノミ「すみません、てっきりお客様かと──」
モトキ「お客様にその態度、見られたらまずいっすね」
コノミ(ギク……っ!)
モトキ「でもその焦りよう ──何か困ってます?」
親身になってくれるイケメンにドキドキしつつ、コノミは部屋内での事を話し始める。
コノミ「あの、実は──」
〇ホテルの客室・ベッドルーム(昼)
サクラが相変わらず床に這いつくばり、腰の痛みと震えながら格闘している。
サクラ「痛い……動けない……」
サクラ「メイドさんたちもそんなに年齢変わらないはずなのに」
サクラ「一日30台くらいベッド組んでるよね? 何で彼女たちは腰を壊さないんだ?」
サクラ「運動不足……惨め……」
項垂れるサクラ。
すると突然部屋の扉が開き、コノミが入ってくる。その頭からは、見えない花が舞っている。
コノミ「ここです~」
コノミの後ろから、モトキが入ってくる。
サクラは驚き目を見張る。
サクラ「え!?」
サクラと目が合い、モトキも驚く。
モトキ「銭湯のおねーさん!」
コノミ(おやおや?)
コノミは何かを察し、すぐに部屋のはしに寄ると二人の様子を興味深そうに観察し始める。
サクラ「何で君がい──」
サクラ「ッテテテ……」
立ち上がろうとしたサクラは、腰の痛みに耐えられずその場に膝と手をつく。全く起き上がれそうにない。
モトキ「もしかして腰治ってないのに無理したんですか!?」
サクラ「はい……」
怒り出したモトキに、サクラは項垂れる。
コノミ(お二人はお知り合い?)
コノミ(それも、思ったよりも親密そう……♡)
モトキ「はぁ……」
モトキはため息をつきながら、サクラの横にしゃがみ込む。
モトキ「ほら、背中乗ってください」
サクラ「うう、何度もスミマセン……」
サクラは諦めたように、モトキに腕を引っ張られ大人しくモトキの背中に乗った。
コノミ(『何度も』ですって!?)
コノミは驚きつつ、二人をニヤニヤと見守っている。
サクラ「ごめん、 ダスティングだけお願いしていいかな」
コノミ「もちろんです!」
モトキにおぶられながらも申し訳無さそうな顔をするサクラに、コノミはニコニコ笑顔を返す。
サクラ「ほんっとうごめんね。ありがとう」
モトキ「行っていいっすか?」
モトキが顔だけ振り返り、サクラを見る。
サクラ「はい」
サクラの答えに、モトキが歩き出す。
コノミ(お幸せに~)
去っていく二人を見送るコノミの頭からは、見えない花が舞っている。
〇ホテルの事務室・客室部(夕)
モトキがサクラをおぶったまま、扉を開けて入ってくる。
サクラ「あー、ありがとうそこの椅子で……」
サクラは自分のデスクを指差し、モトキはそこへ向かう。
モトキ「はい──」
ゆっくりとサクラを下ろすが、最後にどすっと勢いがついてしまう。
サクラ「イ……っ」
モトキ「スミマセン! 大丈夫っすか!?」
焦ったモトキの顔を見て、サクラは机に腕をつきながら体を支え、無理やり笑みを浮かべる。
サクラ「うん、へーきへーき」
子犬のような目をしたモトキが肩をなでおろすのを見て、サクラも安堵の息をもらす。
サクラ(ふぅ……)
サクラ「ところで君は何でこのホテルにいるの? 社会科見学か何か?」
サクラの声にピクリと肩を揺らしたモトキ。ムッとして腰かけるサクラに前のめりになる。
モトキ「社会科って、 そんな小学生みたいなことしませんよ!」
モトキ「子供扱いするのいい加減やめてください! 俺、大学生っすから!」
モトキの剣幕に圧倒されるサクラ。身を引きながら目の前に両手を突き出しその手を振った。
サクラ「違う違う、そういう意味で言ったんじゃ──」
しかしそれが腰に響き、またピキンと腰が悲鳴を上げる。
サクラ「あう……っ!」
モトキはため息をついた。
モトキ「大声出さないでください。腰に響きますから」
モトキ「俺がここにいるのは研修ですよ、研修」
サクラ「研修? あー、あれだインターンシップ的な──」
モトキ「まあそんな感じです」
モトキはサクラのデスクに軽く寄りかかって腕を組み、部屋の中をぐるりと見回した。
サクラ「へぇ……銭湯の孫がホテル業界……」
サクラが呟くと、モトキはむっとした顔でサクラの顔を見た。
モトキ「何すか変すか? 文句ありますか?」
サクラ「いや、ないけど……」
サクラの頭から汗が飛ぶ。
モトキはまだムッとした顔をしている。
モトキ「けど?」
サクラ「……あの銭湯は 君がいなくなったら誰が継ぐのかなーって」
突然目を伏せるモトキ。
モトキ「あー、それは──」
サクラが頭に?を浮かべていると、突然事務室の扉が開く。
部長が入ってくるが、モトキがいるのに気がつくと驚き身体をピクリと震わせた。
部長「わ、モトキくん!?」
モトキ「ご無沙汰しております、元刈谷客室部長」
モトキは部長に身体ごと向き直り、ぺこりとお辞儀をした。
サクラ「え、部長知り合い?」
驚くサクラ。
部長は二人の元に歩み寄り、モトキの隣に立つ。モトキも部長の動きに合わせて、サクラの方に向き直った。
部長「なんだよ円居知らないのか? モトキくんは我がKajiiグループの御曹司で──」
部長の言葉に、サクラは目を見開く。
サクラ「御曹司──っ!」
部長「このホテル、グーヴェルナイユ東京の次期支配人だよ!!」
驚くサクラ、自慢げに話す部長。
その隣でドヤ顔のモトキが、サクラを見下ろしている。
サクラ「次期支配人──っ!」
驚くサクラの顔を覗くモトキ。その顔は、自信に満ちている。
モトキ「そうだよおねーさ……円居サクラさん (今、名札見て名前知った)」
サクラ「え、ってことは、つまり──」
突然、微笑むモトキの周りがキラキラと光り出す。
サクラ「めちゃくちゃセレブーーーーっ!」
サクラ「イテテ……(大声だしてまた腰に響いた)」
サクラは腰をさすっている。
部長「ところでモトキくん、こんな端っこの部署に何の用だろう?」
モトキ「円居さんが腰痛めて動けないって ことだったので送ってきました」
モトキ「けど、もしこのまま帰すのであれば──俺が家まで送りましょうか?」
勝手に話を進める二人に唖然とするも、サクラは慌てて目の前で手を振る。
サクラ「いやいいよ! 私まだ勤務中だし君も研修あるだろうし」
モトキがサクラの方を向く。モトキの眉尻は悲しそうに下がっている。
モトキ「心配なんです。この間だって腰痛めたばっかだし」
モトキ「あの時だって動けなくて、俺が部屋まで送ったじゃないですか」
部長(おや?)
二人の会話に、部長は傍観したまま何かを察して口元をほころばせる。
サクラ「あの時は確かに送ってもらったけど、それは諸々の事情を鑑みてああなっただけ」
サクラ「今回は完全に私の不注意だから大丈夫。一人で帰れるし電車ムリそうならタクシー捕まえるから」
早口に言うサクラ。モトキの眉尻が吊り上がる。
モトキ「『心配』って部分は拾ってくれないんすね」
二人の会話を傍観している部長は指を顎に置きながら、口角を上げる。
部長(ほう?)
モトキ「でも俺知ってますよ。おねーさんの部屋二階でしょ、一人で登れます?」
モトキがサクラに顔を近づける。
サクラは狼狽えて視線を足元に泳がせた。
サクラ「あ、うん……」
モトキ「それに、もう研修は終わりました」
モトキ「さっきはたまたま館内見て歩いてただけで」
サクラに顔を近付けながら言い寄るモトキ。
その背後で、部長がパンパン、と手を打ち鳴らした。
部長「はい、定時過ぎましたー。円居、帰っていいぞー」
サクラ「え、でも――」
サクラが部長を見上げる。
部長は両手を腰に当て、さくらの言葉を遮る。
部長「ちなみに仕事は昼間に円居がブツブツ念仏唱えながら超速で終わらせてたぞー」
サクラ「嘘っ!?」
部長「ホント」
驚くサクラに、部長は笑う。
モトキが部長の方を向く。
モトキ「じゃあ円居さん帰っていいんですね」
モトキがサクラの方を振り向く。
モトキ「ほら、送りますよ」
サクラ「一人で大丈夫だってば!」
サクラは立ち上がろうとする。
サクラ「よっこい……」
サクラ「いたーーーーっ!」
サクラは腰をのけ反らせ、痛みに涙目になってしまう。
モトキ「はぁ……。もう大人しくおぶられてください」
モトキがしゃがみ、サクラに背中を向ける。
自分で立てないと悟り、サクラはため息をこぼしながらもモトキの首元に手を伸ばす。
サクラ「はい……」
モトキがサクラを持ち上げ、立ち上がる。
モトキ「――っしょっと」
モトキが顔だけ振り返り、部長に軽く会釈する。
モトキ「では刈谷崎部長、失礼します」
モトキがサクラをおぶったまま、事務室を出ていく。
部長「おう、お疲れ~」
部長は優しい笑みを浮かべながら右手を軽く上げ、二人を見送る。その頭の上には、見えない花が舞っている。
部長(円居もまだまだ青いなー)
〇タクシーの車内(夕)
夕日の差し込むタクシーの後部座席に、モトキとサクラが並んで座っている。タクシーは家路を走っている。
モトキはドアポケットに頬杖をつき、流れていく車窓の風景をぼうっと眺めている。そんなモトキを、サクラはじっと見ている。
サクラ(結局タクシー捕まえてもらっちゃった)
サクラ(にしても、彼が御曹司で──)
サクラ(次期支配人かぁ……)
サクラ(もし彼と付き合ったら──)
サクラは想像するように優しく目を閉じる
〇キラキラな背景 ※想像
サクラが豪華なドレスを身にまとい、両手に扇子のように札束を持っている。
サクラ・モノローグ『スーパーセレブッ!』
〇タクシーの車内(夕)※想像終了
サクラは頭をぶんぶんと振る。
サクラ(っていやいや)
サクラがチラリと、モトキを見る。モトキはまだ、車窓の外を眺めている。
サクラ(彼は私より10コも年下の大学生なんだよ?)
サクラ(あの告白だって、きっと若気の至りみたいなものだろうし──)
不意にモトキがサクラの方を振り向く。モトキは不機嫌そうに、眉間にシワを寄せている。
モトキ「円居さん、何? さっきから俺の顔じーっと見て」
サクラは肩をピクリと揺らした。
モトキ「しかも一人で百面相してるし」
サクラ「え、あ、いや、これは……」
しどろもどろになり、サクラは視線を泳がせる。サクラの頬を、冷や汗が流れる。
モトキはサクラをじっと見つめ、しばらくの後ふっと口元を綻ばせる。
モトキ「……可愛い」
サクラ「はぁっ!?」
サクラは目をパチクリさせる。その頬は赤く染まっている。サクラは思わずのけぞってしまい、腰がゴキっと鳴る。
◯空(夕)
夕日に染まる空に、サクラの大声が響く。
サクラ「ったーーーーいっ! (また大声出しちゃったよ……)」