清くて正しい社内恋愛のすすめ
「俺と、社内恋愛契約しない?」

 深々と冷え込む空気の中、先に店を出たメンバーを追って、足早に駅に向かっていた穂乃莉の耳元に、突然加賀見の声が響いたのは、歩き出してしばらくした頃だった。


「社内恋愛……契約……?」

 穂乃莉は聞き返すように、後ろの加賀見を振り返る。

 加賀見の表情は、いつもの自信たっぷりな顔つきの中に、少しだけ揺れる眼差しが見えた気がした。


「さっき言ってただろ? 恋愛したかったって」

 穂乃莉は思わず目を丸くする。

 まさか加賀見が、そこを突いてくるとは思わなかった。


「あ、あんなの……。冗談に決まってるじゃない」

 いつになく真剣そうな加賀見の瞳に戸惑いながら、穂乃莉はわざと大きな声を出す。

 穂乃莉も学生の頃は、多少なりとも恋愛は経験した。

 それでも自分には、自由な恋愛の末の結婚なんて、許されないことはわかっている。

 久留島の本社に戻れば、適当な時期に祖母の納得する適当な人と結婚して、久留島を(つな)いでいくのだろう。

 だからこの五年間、恋愛とは無縁で過ごしてきた。
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