清くて正しい社内恋愛のすすめ
 すると扉の方を向いた加賀見の手を、穂乃莉が再びギュッと掴んだ。

「一人に、しないで……」

 穂乃莉は潤んだ瞳で、加賀見をじっと見上げている。

 加賀見は安心させるようにほほ笑むと、穂乃莉の隣に腰を下ろした。

 ベッドが軋み、細い穂乃莉の身体が弱々しくもたれかかる。


「大丈夫。ずっとここにいるよ」

 加賀見は穂乃莉の肩に手を回すと、そのまま両手できつく抱きしめた。

「ありがとう……」

 穂乃莉は加賀見の胸に顔をうずめ、子供のように抱きついてすすり泣きだした。


 加賀見は穂乃莉の頭に手をやると、何度も何度も優しく撫でる。

 支配人に迫られ、穂乃莉がどれほど怖い思いをしたのか、想像しただけでも息が詰まりそうだ。

 執務室のソファの上で、必死に身をかがめて震える穂乃莉の姿が、瞼の裏に鮮明に焼き付いて離れない。


 ――でも、それだけじゃない。


 加賀見は執務室でのやり取りを思い出し、「くっ」と声を漏らす。


 支配人が「こんな企画」と言いながら投げ捨てた企画書。

 その様子を目にした時、穂乃莉はひどくショックを受けた顔をしていた。

 怖い思いをしただけでなく、さらには必死に作り上げた企画書をゴミのように扱われ、努力まで踏みにじられたのだから当然だ。
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