清くて正しい社内恋愛のすすめ
 肩をすくめる加賀見の言葉に、穂乃莉は心の奥がチクッと痛むのを感じた。


 ――あぁ、だから虫よけの“契約恋愛”か……。


 小さくため息をつきそうになり、穂乃莉は慌ててそれを飲み込む。

 すると、うつむきかけた穂乃莉の顎先を、加賀見の長い指がそっと持ち上げた。

 上を向いた穂乃莉の目の前で、加賀見の深い瞳が揺れている。


「それにしてもお前、そんな事思ってたんだ……」

「え……い、いや……」

「もう一回しとく? キス」

「え? ちょ、ちょっと待って……」

 加賀見にじりじりと迫られるように、穂乃莉はそのまま玄関先で押し倒された。


「俺にだって、キスは意味あるんだよ……」

 加賀見の低い声が鼻先をかすめたと思った瞬間、穂乃莉の唇は再び加賀見に奪われた。


 ――あぁ、ダメだ。これは完敗だ……。


 こんな甘いキスをされて、逃れられるわけがない。

 それにしても、キスに意味があるって、どういうことだろう……?


 頭では懸命に考えようとするが、それも波にのまれるように、すぐさま消えていく。

 穂乃莉は、静かな室内に響く甘い音と、吐息だけにじっと耳を澄ませ、加賀見のキスに溶けていった。
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