レンタル姫 ~国のために毎夜の夜伽を命じられた踊り子姫は敵国の皇帝に溺愛される~

12 冷徹皇帝の優しさ

 思いがけない行動に、ノツィーリアはびくりと全身をベッドの上に弾ませた。
 唇の熱が、優しく傷に触れてくる。
 ノツィーリアが息を詰めてその感触をこらえていると、ゆっくりと体を起こした皇帝が切なげに眉をひそめた。

「……。痛かったろう」
「いえ、そんな……」

 皇帝はノツィーリアの手をつかんだままサイドテーブルに手を伸ばすと、引き出しの中から小さく平らな容器を取りだした。片手で持ったそれの蓋を親指で弾くようにして開き、中に詰まった白い軟膏を指に取る。
 まるで水面を波立たせぬように触れる風な手付きで、そっと傷口をなぞっていく。

「この薬は、かの魔導師が作ったものでな。どんな傷もたちどころに治してしまう。傷薬の範疇を超えた強力すぎる薬効であるがゆえ、試作させたこのひとつきりで以降は調合を禁止しておる」
「そのような貴重なものを塗っていただき恐縮です。本当にありがとうございます」

 もう一方の手のひらにも薬を塗られている間に、先に処置された方の傷は微かなかゆみを覚えたそばから跡形もなく消えていった。
 ルジェレクス皇帝は、ここに転移する前までの異様な状況下であってもノツィーリアが自身に傷を負わせていたことを見抜き、それを忘れずにいてくれて、こうして手当てまでしてくれた。
 その心遣いがうれしくて、胸の奥に小さな火が灯る。
 その温かさは、遠い昔、母に見守られながらの舞の稽古中に転んだときのことを思いおこさせた。

「っ……」

 たちまち視界がゆがんでいく。
 差しのべられた手が、ノツィーリアの頭をそっと撫ではじめた。

「すまない、痛むか」
「違うんです、幼い頃、お母様にこんな風に薬を塗ってもらったことがあって、それを思いだしてしまって……」
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