レンタル姫 ~国のために毎夜の夜伽を命じられた踊り子姫は敵国の皇帝に溺愛される~
 もう一方の手のひらにも薬を塗られている間に、先に処置された方の傷は、微かなかゆみを覚えたそばから跡形もなく消えていった。
 ルジェレクス皇帝は、ここに転移する前までの異様な状況下であっても、ノツィーリアが自身に傷を負わせていたことを見抜いていた。しかも、それを忘れずにいてくれて、こうして手当てまでしてくれた。
 その心遣いがうれしくて、胸の奥に小さな火が灯る。
 その温かさは、遠い昔、母に見守られながらの舞の稽古中に、転んだときのことを思い起こさせた。

「っ……」

 たちまち視界がゆがんでいく。
 差し伸べられた手が、ノツィーリアの頭をそっと撫ではじめた。

「すまない、痛むか」
「違うんです、幼い頃、お母様にこんな風に薬を塗ってもらったことがあって、それを思い出してしまって……」

 ノツィーリアはまばたきを繰り返して涙を抑えると、皇帝の温かなまなざしに視線を返して微笑んでみせた。

「私、死ぬことまで考えていたのに、今はこうして優しくしてもらえて混乱してしまって……すみません」

 姿勢を正して頭を下げたあと、ずっと着たままだったガウンを脱いだ。

「ルジェレクス皇帝陛下。ガウンを着せていただき本当にありがとうございました。あなたの温もりに励まされました」

 手に持ったガウンを畳もうとしながら正面を見ると、真っ赤に染まった顔がそこにはあった。
 ノツィーリアとは目が合わず、少し下に傾いた視線がそこで止まっている。

「あの……、ルジェレクス皇帝陛下、どうされました?」

 首を傾げた瞬間、音が聞こえてきそうなくらい素早く顔を背けられた。
 不可解な態度に不安を覚えはじめた矢先、耳まで赤くした皇帝が小声で呟いた。

「その寝衣は、目のやり場に困るな……」
「……!」
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