レンタル姫 ~国のために毎夜の夜伽を命じられた踊り子姫は敵国の皇帝に溺愛される~
 分不相応な扱いをしてもらえていると自覚していても、今はまだ、夢の続きのようなこのぬくもりを手放したくない、強くそう思った。
 少なくとも皇帝が目覚めるまではこの心地よさにひたっていられる。まだこの幸せな時間が終わらないでほしい――。

 そう願ったのも束の間、ルジェレクス皇帝が目蓋をゆっくりと持ち上げた。赤い瞳がぼんやりとしていたのは一瞬で、すぐにノツィーリアの方に振りむいて柔らかな笑みを浮かべる。

「ノツィーリア姫。昨晩は……しつこく抱きつづけてしまってすまなかった」
「いえ、優しくしてくださって……けほっ」

 慌てて口を押さえてせきこむ。思いのほか喉が渇いていたのだった。
 顔を背けて咳を繰りかえしていると、温かな手に抱きよせられて、背中をさすられた。

「声が掠れてしまっておるな」

 そっと背に手を添えられて、慎重に起きあがらせられる。
 ノツィーリアが肌掛けを引きよせて素肌を隠していると、皇帝がサイドテーブルに手を伸ばし、そこに用意してあった水瓶からグラスに水を注いで手渡してくれた。

「ありがとう、ございます……」

 自分でも驚くほどに弱々しい声で礼を告げてから、そっとグラスに口をつける。
 ゆっくりと水を飲みすすめていると、皇帝が脱ぎ捨ててあった自分のガウンを拾いあげて肩に掛けてくれた。
 ガウンの表面を滑る手が今度は髪を撫ではじめる。その優しい手付きに心がときめく。
 すぐそばからじっと見つめてくるまなざしが熱を帯びていて、そわそわと落ち着かない気分で水を口にしていると、皇帝がため息をついた。

「そなたの歌声、そして私の腕の中で舞いおどる姿、実に美しかった……」
「!? げほっげほっ」

 信じがたい言葉の数々に動揺して水を噴きだしそうになってしまった。喉の変なところに水が引っかかってしまい、口を押さえて咳を繰りかえす。

「おかしなことを言ってすまない……! ともすればつい昨晩のことを思いだしてしまうのだ」
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