レンタル姫 ~国のために毎夜の夜伽を命じられた踊り子姫は敵国の皇帝に溺愛される~
 凍える指先に息を吹き掛ける。白い吐息が、冷え切った風にさらわれていく。

 ノツィーリアは冬の凍てつく寒さの中、石造りのバルコニーに佇んで王城からの景色を眺めていた。今はそれくらいしかすることがなかった。なぜなら水に濡れた衣服を着替える間もなく、専属メイドたちから『掃除の邪魔よ』と外に放り出されたからである。
 厚い外套をまとったところで濡れた部分の冷たさと足元から忍びよる寒さは防げず、徐々に体温が奪われていく。

「寒い……」

 自分を抱き締めるようにして二の腕をさすりはじめれば、ガラス扉の向こうから下品な笑い声が聞こえてくる。振り返らずとも分かる、ノツィーリアの無様な姿を見てメイドたちが嘲笑しているのだ。
 彼女らは、主人であるノツィーリアのために掃除しているわけではない。厳格な侍女頭が抜き打ちで仕事ぶりを確認しに来るため、仕方なく働いているのだ。渋々手を動かしているせいか、とにかく仕事が遅い。
 今日は、早朝にノツィーリアを叩き起こして掃除したばかりだというのに、わざわざもう一度掃除している。それは明らかに、水に濡れたノツィーリアを外に追い出して、寒がる姿を見て面白がろうという魂胆だった。もし侍女頭に『なぜまた掃除しているのですか』と追及されても、『姉姫様が部屋を汚したから』とでも言い訳をするのだろう。


 側妃であったノツィーリアの実母が(あや)められたのは十七年前、ノツィーリアが六歳の頃。
 以降、ノツィーリアは義母である王妃や三歳年下の異母妹から虐げられ続けている。
 彼女たちから直接手を下されること自体は数少ない。とはいえ王妃と第二王女の息の掛かったメイドたちが、日々飽きもせずに様々な嫌がらせをしてくるのだった。

 国王である父は、有名な踊り子だった母がキャラバンを率いてこの国を訪れた際、その美貌の(とりこ)になったのだという。
 まず母ひとりを歓待するという名目で王城に呼び付け、拒否できずに登城した母を監禁した。
 その上で、キャラバンの人々全員の殺害をほのめかして母を折れさせるという強引な手を使い、母を召し上げた。それほどまでに、父王は世界に名を轟かせた踊り子に熱を上げていた。
 そのおかげか母が存命の頃は、ノツィーリア自身もかわいがられてはいた。
 しかしノツィーリアがあまりにも母親に瓜二つで父王にまったく似ていないせいか、父王は、一人目の娘に対する関心は薄かった。ノツィーリアの銀髪も黄金色の瞳のどちらも、母から受け継いだものだ。
 母が王妃に毒殺されて以降は、ノツィーリアにまったく関心を示さなくなった。食堂に入ることを禁じられているため、父王から呼び出されない限りは会話する機会もない。義母と異母妹の虐待行為を黙認するどころか後押ししている節もある。
 そのため、この王城にノツィーリアの味方は誰ひとりとしていなかった。
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