レンタル姫 ~国のために毎夜の夜伽を命じられた踊り子姫は敵国の皇帝に溺愛される~
 しかしノツィーリアがあまりにも母親に瓜二つ――銀髪と黄金色の瞳――で父王に似ている部分がまったくないせいもあり、母が王妃に毒殺されて以降はノツィーリアにまったく関心を示さなくなった。食堂に入ることを禁じられているため、父王から呼び出されない限りは会話する機会もない。義母と異母妹の虐待行為を黙認するどころか後押ししている節もある。
 そのため、この王城にノツィーリアの味方は誰ひとりとしていなかった。

 そんな孤独なノツィーリアの心を支えてくれるのは、優しい母との思い出。雪のちらつく中で母とバルコニーに並び立ち、雪景色を眺めたことを脳裏によみがえらせる。
 雪化粧の施された山々の向こうには小さな隣国、そしてその向こう側、海峡を挟んだ先にはリゼレスナ帝国という大国がある。
 世界を巡る有名なキャラバンの一員として母はどちらの国にも訪れたことがあり、そのときの思い出話をよく語り聞かせてくれたものだった。

 山から反対側に目を向ければ、遠くに港町が見える。元平民だった母は街へとよく行きたがり、母に甘い父王から禁じられることもなくノツィーリアを連れて街へと出かけては国民と交流していた。今のノツィーリアと同じく腰までの長さの銀髪、黄金色に輝く瞳を持つ母。色白で、すらりと伸びた手足。その美貌と華麗な舞とで世界中をとりこにした母は国民たちからも慕われていて、その娘であるノツィーリアも大歓迎された覚えがある。
 二十年前から始まった寒冷化により寄港する船と漁獲量の減った港町であっても当時はまだ賑やかさは衰えておらず、国民の笑顔に囲まれた記憶は今でも鮮明に思いだすことができる。

 心に湧きたつ温かさにひたっていると、不意に背後から乱暴にガラス扉を叩く音が聞こえてきた。突然の大きな音に肩が跳ねる。ようやく本日二度目の掃除が終わった合図だった。
 扉を開けば途端に温かな空気が顔にしみこんでくる。外と室内との温度差に全身が震えあがる。
 二の腕を押さえてがたがたと歯を打ち鳴らしていると、メイドたちが揃ってにやりと笑った。

「大げさに震えて寒かったアピールなさるなんて、みっともない御方ですこと」
「務めを終えた私たちにねぎらいの言葉もくださらないのですね。きっと私たちのような下々のものは『私のために働くのは当然だわ』と思っていらっしゃるのでしょう」
「あ、ありがとう……」
「なんですかあ? 聞こえませんねえ」

 ぎゃははは、と下品な笑い声がノツィーリアの言葉を掻き消す。
 深くうつむいたノツィーリアが髪で顔を隠して嵐が去るのを待っていると、メイドたちは舌打ちをしたり鼻で笑ったりと様々な不快な仕草をしたあと、『あーあ。嫌なお仕事がやっと終わったわ』と言い残して部屋を出て行った。


 ひとりきりになった部屋に、静寂が戻ってくる。
 室内に戻ってきて体が温まりつつあっても、心は冷え切ったままだった。
< 9 / 66 >

この作品をシェア

pagetop