現れたのは聖竜様と予想外の溺愛でした
「うわ、あ……!」

銀の聖竜とその番たる聖女は虚飾にまみれた城から空へ飛び立つ。
空はどこまでも青く、海の色との境界線も判別できぬほどにお互いは輝きあっていた。

「すごい、まさか、こんな……」

目の前を通り過ぎていくあらゆる景色に圧倒されて、何も言葉にできずに同じ感嘆だけを繰り返していた莉亜だが、ジルがやけに静かなのに気づいてそっと口を噤む。
喋りすぎただろうか。はたまたまだ呪いが続いている?

「ジル、どうしたの? 具合でも……」
「……すまない」
「え」

突然の謝罪に莉亜は面食らう。
ここまできて聖女はやはり嘘だった──などと言われたら本当に立ち直れない。
しかし、ジルは本当に申し訳なさそうに振り向いたのだ。

「順番がめちゃくちゃになってしまった」
「順番?」

思い当たる節など無く首を傾げる莉亜に、ジルは頬を染める。白銀の鱗にほんのり朱が差して場違いにも可愛らしいと思ったが、莉亜は話の腰を折らずにジルの言葉を待った。

「プロポーズだよ。女性にとっては一大事だろう」
「え、っ……!?」

思わず背中の鱗を鷲掴みにしてしまったが、ジルは痛くも痒くもないようだ。

「これから竜族の巣で両親に合わせる予定なんだが、多分質問攻めに遭いながらのウェディングドレスの採寸やらブーケの花やらの打ち合わせで、なかなか顔を合わせられなくなると思うんだ」
「はあ、あ……?」

プロポーズ。ウェディングドレス。
壁画の浄めやら呪いやらと向き合っていた今までと、打って変わった甘い響きの単語の羅列に莉亜は戸惑いを隠せない。

「家は莉亜のサイズに合わせて改築するよ。流石に竜族の基準で作られたバスルームは使わせられないからね……溺れたくないだろう?」

竜としてのジルが収まる浴槽と聞いて、莉亜が真っ先に思い浮かべたのは学校のプールだった。
否、翼を広げてリラックスするとなると、あれでも足りないかもしれない。
巨大プールのような浴槽に沈む自分を想像し、咄嗟にぶんぶんと首を振った莉亜に、ジルは柔らかく微笑んだ。

「ああでも、ベッドは大きいままもいいかな。竜の姿でも莉亜を愛してみたいし……」
「え、あ、え……?」

とんでもない方向に話が進んでいる気配に莉亜は青ざめる。
返事が無くなった莉亜の混乱を感じ取ったジルは、またしても「すまない」と謝罪した。

「そういうのは気持ちが成ってからだね。無理強いはしないから、安心して」
「は、はい……」

それを区切りとして、一旦話題が途切れる。
莉亜は必死に聞かされた話を反芻していた。

「……竜は」

聞こえてきたジルの声は、風を切っているにも関わらず穏やかだった。

「番をこよなく愛するものとされている。しかし私は、番だからという理由でリアを縛りたくはない」
「……はい」
「聖女たる肩書を失ったにも関わらず、私を救ってくれたリアに報いたい。大切にしたい。守りたい。それが、私自身としての想いだ」
「は……い」

やがて雲を抜けた先で、ジルは竜の姿から人に戻る。
見たことのない木々が生い茂る森の奥深くで、ジルは莉亜に跪いて手を取った。
手の甲にジルの額の温もりを感じる。

「竜族の誇りにかけて、リアの望みは何だって叶えてあげよう。ただし、元の世界に還すつもりはない。狭量な私を笑ってくれ」

ふ、と顔を上げて泣き出しそうに微笑むジルから、莉亜はそっと手を引き抜く。
輝きを取り戻したばかりの銀色の瞳が、不安げに揺らいだ。

「…………竜族の字は、あの国とは違いますよね」
「……ああ」
「なら、また一から手習いを始めないといけませんね」

ジルの顔が強ばった。

「……私、こつこつ取り組むのは向いてるみたいです。ジルが気づかないうちにマスターしてたら……褒めてくださいね」

ジルは大きく頷く。
莉亜は自由な腕でジルに抱きついた。

「リア、リア…………夢みたいだ。私の聖女、私だけの乙女」

莉亜の背に手を添えたジルは立ち上がり、彼女をすっぽりと抱きかかえて顔を寄せた。

「竜の愛がいかほどに深いか……来る日も来る日も学ばせてあげるよ」

ざあ、と風が吹いて木々を揺らす。
銀の竜は乙女を抱いて飛び去って行った。
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