嘘からはじまる恋のデッサン
そんな──優しい気持ちで帰宅した夜。

私が一人で夕飯のコンビニ弁当を食べようとした時だった。いつもより早く父が帰って来ると、スーツのジャケットを羽織ったまま私と目があうと直ぐにテーブルの真向かいに座った。

「え……パパ、なんで……こんな早いの?」

難しい顔をした父が口を開こうとしたとき、再び玄関の扉が開く音がして険しい顔の母がすぐに私の右横に座った。

「ちょっと! 抜け駆けしないでよ! 優に何話したの?!」

「うるさいな! いま俺も帰ってきたばかりだ!」

「本当かしら。ねぇ、優、パパから何も言われてない?」

私は母の言葉に黙って頷いた。何だかわからないがいつもと雰囲気の違う両親に私は心が騒がしくなっていく。

母が私の方に体を向けると静かにその言葉を吐き出した。

「優、パパとママね、離婚することにしたら」

(──え?)

静かなリビングに冷たい母の言葉が響き渡って私の心の一部分がまたすこし壊れた気がした。

「……わかった」

思った以上に私の声は小さく掠れていた。
予想はついていたはずだ。
一度壊れた物はもう同じようには戻らない。
元通りには直せない。

それでもこの瞬間から私にはついに家族と呼べるものが完全になくなった。
心の中が真っ黒の絶望で染まっていく。心も体も見えない海の底まであっという間に落ちていく。

わかってたはずなのに──でも本当はいつかあの頃を思い出してまた元のように暮らせる日がくれるんじゃないかと思ってた。
だからずっとずっと我慢してきた。

幼かった私の手を左右から引いて、夕陽を背に仲良く三人並んで歩いた坂道も、不器用な父の包丁を持つ手にヒヤヒヤしながら三人でカレーを作って笑いながら食べたことも、私が絵画コンクールで銀賞をもらったとき二人が泣き笑いして喜んでくれたことも。

(……全部、忘れちゃったんだね)

私が未だに手放せず心の端っこに大事に大事に置いていた想い出達を、忘れずに大切にしていたのは私だけだった。

ネクタイを緩めた父を睨みながら母が聞いた。

「優、ママと来なさい。来るわよね? だってお洗濯だって、お料理だって、パパは何一つできないんだから、優はパパについて行っても困るだけ」

「何言ってるんだ! パパを選ぶべきだろう! 経済的にも不安定なママより、より良い教育を受けさせてやるから。将来のことを考えたらわかるね、優」

「…………」

「優、ママよね? 答えなさいっ」

「優、本当の気持ち言っていいんだぞ」

「…………」

母が黙ってる私にイラついたようにテーブルの上でひと指し指をトントンと鳴らせば、父がそんな母を軽蔑するように腕組みすると、まるで当てつけのようにため息を繰り返す。
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