嘘からはじまる恋のデッサン
パパとママにとって本当は私なんかいらない存在だと思ってたから。私がいるせいで世間体を気にしてなかなか離婚に踏み切れない両親の気持ちも勘づいていたから。

目の前がすぐに霞んで滲んでいく。

「優、どうぞ」

「ありがとう……」

私は俊哉がハンカチを受け取り目元に押し当てると、両親それぞれに『もう少ししたら帰るから』とだけ送った。 

「先生、ハンカチありがとう……」

「構わないよ。さてと優、ご両親も心配してるしそろそろ帰ろうか?」

俊哉が鞄を抱えようとするのを見ながら私は小さく首を振った。

「先生もう少しだけ。一つだけ教えて欲しいことあるの」

「ん? なに?」

「先生、美術教えてるんでしょ? どこの大学?」

「え? あ……。うーん……」

すぐに答えてくれると思ったのに俊哉は返事をすることを迷っているように見える。

「私……進路迷ってて。パパもママもこれからは女性も社会で活躍する時代だから経済学部にしたらって言うの。でも私……本当は美大に行きたい……でも私友達できないし……大学でもできるかわかんないし……誰も知らないとこよりは先生のとこに通えたらなって」

「うん……そうかもしれないなって思って、すぐに答えなかったけど、その……僕を理由に優の大事な進路先を決めるのは違うかなって思ってね……」

俊哉は鞄からスケッチブックを取り出すと私の方に差し出した。

「え?」

「描いてごらん。見てあげるよ」

「え?何を?」

「優は大学で何を描きたいの?」

「……笑わない?」

俊哉は困ったような顔をした。

「笑ったりしないよ、僕だって教師の端くれだよ、大事な生徒の話を笑ったりなんかしないさ」    

私は俊哉から大事な生徒と言われてなんだか嬉しかった。

「先生、あのね。私……いつも身の回りものを模写ばかりしてるんだけど……本当は生きてるものを描いてみたいの」

「例えば?」

「花とか、鳥とか、……人間とか」

「お。いいね。じゃあ、俺描いてみてよ」 

そう答えた後にすぐに俊哉が、しまったという顔をしたのを私は見逃さなかった。
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