名ばかりの妻ですが、無愛想なドクターに愛されているようです。
8.辿り着いた真実

 プラットホームで互いの気持ちを確かめ合った雛未と祐飛はしばしの間、人目を気にせず抱き合った。
 しかし、いつまでも抱き合っているわけにもいかず、二人は名残惜しそうに徐々に身体を離していった。
 
「帰るぞ」
「……はい」

 雛未は大人しく祐飛に従った。
 もう逃げるつもりなんてないのに、祐飛は雛未の手をむんずと握ると掴んで離さなかった。
 片手に雛未、片手にスーツケースを携えた祐飛は駅構内を足早に歩いていった。
 
(ゆ、夢じゃないよね……?)

 あの感動的な抱擁の後ですら祐飛に『愛してる』と言われたことが、未だに信じられない。
 しかも、こんなところまで追いかけてきてくれるなんて。

「あの……。どうしてここに?」
「親父が早退していく雛未を見つけて俺に知らせてくれた。もしかしてと思って家に戻ったら、雛未がタクシー乗りこんでいるところだった」

 祐飛は雛未が持っていたスーツケースにチラリと目をやった。雛未がベリが丘にやって来た時にも使っていたものだ。

「故郷に帰るつもりだったのか?」
「……はい」
「間に合ってよかった」

 祐飛は心底安堵したかのように、大きく息を吐きだした。
 あと数分遅ければ、雛未はこのベリが丘から逃げおおせていただろう。
 そして、もう二度と戻ることはなかった。
 
「お仕事は……?確か、今日はこのまま当直だったんじゃ……」
「ああ。親父に代わってもらった」
「お義父様に……?」
「ああ。心配するな。十年ぶりだって張り切ってた」

 祐飛の父は祐飛と同じ脳神経外科医である。現在は病院経営に専念し、現役は退いたが、いくつもの症例を手掛けてきた実績のある名医らしい。
 そんな院長先生が祐飛の代理で夜勤の看護師はさぞや驚いたことだろう。

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