アンダー・アンダーグラウンド

 次の目的地は少しだけ離れた場所にある神社。月ノ瀬の家の近くだ。

 そこへ向かう前に一度、家に戻って地図を持った。今度は、道筋を地図片手にいちいち確認しながら向かった。
 やはりその周辺は警察も警戒しているのか、近づく程に警官を見かける回数が増えていった。すれ違うといちいち何かを確認してくるあたり、まだ犯人像を特定出来ていないのが分かる。途中、月ノ瀬に連絡して一緒に向かおうかとも考えたけど、まだ何も起こっていない場所じゃきっと彼女は興味を持たないだろうと思い直して、やめた。
 ようやく辿り着いた神社の前は予想通り、私服警官のような、と言っても本当に私服警官かはわからないけど、そのような男性がちらほらとうろついていた。
 この町じゃ、あまり見かけない光景なのできっとそうだろう。僕は参拝者の雰囲気を装いながら、それらを横目に石段を上がった。
 上がりきった先にもやはり、まばらに人が居た。僕が姿を現すと皆、一様に視線を向けて、直ぐにまた視線を戻した。
 何となく様子を伺いながら参道を真っ直ぐ進み、賽銭箱に五円玉を投げ入れる。これが正しい作法なのか、わからないけど、誰から教わったのか「ご縁があるように」五円玉を投げ入れるのがいつの間にか僕の中で当たり前になっていた。
 手を合わせて俯くが、何も願わずに顔を上げる。浅く息を吐いてゆっくりと振り返った。
 さっきの神社とあまり変わらないこの神社の風景。大した特徴も無く、興味が無ければ似たり寄ったりに見える「ここ」で次に殺されるのはきっと「月ノ瀬緑」だ。
 僕にはそれが分かっていた。
 目的も果たしたので、僕は何も気付いていない素振りで石段を下りていく。すると、下りきった所で偶然、雪乃と出くわした。
「あれ? お兄ちゃん何やってるの?」
「雪乃はもう帰り?」
 質問をはぐらかすように質問を返す。雪乃がその質問に「うん」と頷くと、僕は意識を逸らすように二、三言会話して雪乃と一緒に家へ帰る事にした。雪乃はもう僕が質問に答えていない事は疎か、質問した事すらも忘れていた。
 道中、何度も視線に気付く瞬間があった。僕にはそれが自分ではなく妹に向けられたものだと言う事は分かっていた。警官がうろついているエリアを出た後に、不意に振り向いてみると、少し離れた後ろを歩いている男が視線を外した。予想通り。
 僕はそれから振り向くのを止めて、気づいていない振りをして妹に話しかけた。
「楽しかった? バドミントン」
「うん。楽しかったよ」
 雪乃の話によれば、クラスのみんなもどうしていればいいのかわからず、変にみんなで固まって遊んでいるらしい。休日は勿論、ちょっとした休み時間でも、空気は明るいのか暗いのかわからないまま、とにかく話をしているのだとか。
 それは忘れようとしているのか、それとも忘れまいとしているのか。
「早く……終わらないかな」
 雪乃は僕に聞こえるように呟いた。
「きっとすぐ終わるよ。絶対にいつか終わるんだこういうのは」
「そうなんだ。お兄ちゃんが言うならきっとそうなんだろうね」
「そうだよ。僕が言うんだから間違いない」
 雪乃はフフッと笑って頷いた。こんな儚げに笑うような子じゃなかったのに。やっぱりダメージは想像以上に大きいみたいだ。
 きっともうあの頃の、牧原紫が殺される前の雪乃に戻る事は無いのだろう。
 大人になる事が、知らなくてもいい事を知る事ならば、雪乃は確実に一歩進んでしまった。近づいてしまった。
「紫さ。お兄ちゃんの事、本当に好きだったよ」
「そっか」
「うん。だからいっぱいお兄ちゃんの情報教えてあげた」
「そう」
「でも……私も何か張り合っちゃって、教えてない事も沢山あるんだ」
 僕は俯く雪乃の頭をそっと撫でた。
「お兄ちゃん……紫の事、忘れないでね」
「うん。忘れないよ」
 雪乃は小さく頷くと、それ以上何も言わなかった。きっと泣いていたんだと思う。
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