私と彼の溺愛練習帳
「人にもよると思うけど、僕は好きな人となら、したいよ」
「そう……よね」
 雪音はため息をついた。
「あの人は……待つって言ってくれたの。だけど、無理だったみたい」
 雪音はむりやりに笑った。

「嫌いになったでしょう? 私、出て行ったほうがいいよね」
「なんでそうなるの?」
「だって……」
 抱けない女をそばに置きたい男はいないだろう。彼だって「我慢している」と口にしたばかりだ。

「それが目的なら、ホテルにいたときにあなたを帰してないし、とうの昔に手を出してるよ」
 閃理は言う。
「嫌いになんてならない。絶対に」
「嘘……」
 絶対なんて安請け合い、しないでほしい。人の気持ちは変わるものだ。

「嘘じゃないよ」
 閃理は雪音の目を見つめる。
 ヘーゼルの目が美しくて、雪音は思わず見とれる。彼の目は光の加減でいろんな色に見える。今は黄金に輝いて見えた。

「どんなことがあっても……雪音さんがどんなに僕を嫌っても、僕はあなたを嫌いになんてならない」
 彼はそう断言した。彼の後ろ、カーテンを閉め忘れた東向きの窓からは月が見えた。やけに大きく見える下限の月だった。

 不誠実な月、とロミオとジュリエットの一節が頭に蘇る。
 月は満ち欠けを繰り返す移り気なもの。だから月に愛を誓うのはやめて、とジュリエットは言うのだったか。
 だけど、と雪音は頭を彼にもたせかけた。

 だけど、人の心はもとより月のようなものだ。満ちては欠けてを繰り返す。
 愛もそのようなものだろうか。
 欠けてもまた満ちる月のように愛されるのは幸せではないのだろうか。

 自分はどうだっただろうか。
 惣太への愛は、いつも満ちていただろうか。
 惣太はどうだったのだろう。
 今、自分はどうだろう。
 閃理への想いは。

「……ありがとう」
 雪音はそれだけしか言えなかった。
 それだけなのに、彼は満ちた月のように微笑んだ。
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