私と彼の溺愛練習帳
 暗い公園は木々が茂り、見通しが悪い。ひと気がなくて、外灯だけでは人が通っても判別できそうになかった。
 西の空に浮かぶ三日月は細く頼りないが、雪音を隠してくれているようでもあった。

 不安に支配されながら、荒い息を抑えて閃理だけを思うようにした。
 彼は来てくれる。だから大丈夫。
 必死に自分に言い聞かせる。

「どこだ、あいつ」
 つぶやく声が聞こえた。伶旺だ。
 雪音は鼻と口を両手で押さえた。呼吸すら居場所を教えるきっかけになりそうで怖かった。心臓が早鐘を打ち、痛くなった。

 伶旺もまた走ってきたのだろう、息は荒かった。雪音の位置からは、肩を上下に揺らす影しか見えない。
 時間が過ぎるのが妙に遅く感じられた。
 しばらくして、伶旺は小走りに去った。

 足音が遠ざかると、雪音は大きく息を吐いた。
 帰ったらまた、閃理に甘くて温かいココアを淹れてもらおう。今日だけはそれが許されるはずだ。
 きっと閃理は、怖かったね、と頭を撫でてくれる。
 きっと、ちゃんと帰れる。
 だから……。

「見つけたぞ」
 背後から、去ったはずの伶旺の声がした。
 背筋が凍った。
 雪音はとっさに駆け出そうとしてつまづいた。
 転んだところを伶旺がのしかかり、雪音の両腕を押さえる。
 雪音は必死に抵抗した。が、力の差は歴然としている。

「俺は下手じゃない!」
 おさえつけて、伶旺が言う。
「俺が悪いんじゃない、お前のせいだ!」
「やめて!」
 雪音はもがく。
「処女じゃないくせに!」
 伶旺の手が服に伸びた、そのとき。
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