この結婚には愛しかない
「この店落ち着けていいね」


中庭の景色を眺めていた専務が、俺に笑いかける。

その穏やかな優しい笑顔が小泉さんとよく似ていて、彼女とメシ食ってると錯覚してドキッと胸を躍らせて、その後、現実に落胆した。

この人は、小泉さんの旦那だ。


専務を慕ってホールディングスから転職してきた人たちから聞いた。

神田伊織という人は、ホールディングスが買収された後も、将来を約束されていた人物だった。

買収した側の海外企業からどれだけ年俸を積まれても、頑なに残留を拒否してうちに来た人。


専務就任時の挨拶はもはや伝説だ。あの場にいた俺もあれはシビれた。えぐかった。

でもあれからすぐ2人が結婚して。あの挨拶は小泉さんへの壮大な愛の告白、プロポーズだったんじゃないかって思った。


そんなんもう、勝てるわけねえし。

俺が専務の立場だったとして、惚れた女のために今までのキャリア全部捨てて、縁もゆかりも無い地方に1人で行けるか?

しかも将来どうなるか分からない会社に。怖くて行けねえよ。


正直言って、小泉さんのこともう何回も諦めようとしたし忘れようと努力もしたけど、その度にやっぱすげえ好きだって泣きたくなるけど、俺は専務に勝てない。

専務の、小泉さんに対する愛のデカさ重さに。

だから俺は、小泉さんの幸せを願ってる。


ただの同僚の域を超えた、1番の男友達ポジで。
< 228 / 348 >

この作品をシェア

pagetop