この結婚には愛しかない
濃紺のスーツのジャケットを脱ぎ椅子の背もたれにかけ、神田さんが立ち上がった。

白いシャツの上にジレ。ああ、神田さんだ。


経営企画室長が、神田さんの経歴を紹介する。

神田さんは国内最難関の大学の法学部を卒業後、ホールディングスに入社。経営企画部に勤務し、その後経営戦略部副部長時代に1年間こちらに出向。帰任後は執行役員兼海外事業戦略部長として、1年の大半を海外で過ごされた。

凄い。あのホールディングスで、当時30歳の若さで執行役員。


「この度専務取締役に就任いたしました、神田伊織(じんでん いおり)です。よろしくお願いします」

少し低めの、魅力的な落ち着いた声に聞き惚れてしまう。神田さんが頭を下げたと同時に拍手が起こる。私も全力で拍手をした。


「ホールディングスの経営悪化。しかし変わらない殿様商売。もう自力での再編は不可能だと2年ほど前から感じていました。ここはオフレコで」

私は手を止め、直近の入力を削除した。長谷川くんの視線を感じ彼を見たのだけれど、そっと目を逸らされた。


「自分の去就を考え始めた時、1番に頭に浮かんだのは他でもない、この会社でした。それから牡蠣がとても美味しかったことも忘れられませんでした」


役員たちの笑いが起きる。ああもう、やっぱり神田さんだ。

< 25 / 348 >

この作品をシェア

pagetop