私を嫌っていた冷徹魔導士が魅了の魔法にかかった結果、なぜか私にだけ愛を囁く
 大通りは人でごったがえし、そこかしこからむせるような薔薇の香りが漂う。

 キャスリア祭は別名、薔薇の祭典とも言われ、帝国各地から薔薇農家が集まり、今年一の薔薇を決めるコンテストも催される。
 パメラは薔薇をそばの屋台で薔薇を購入してくる。

「それじゃ、これつけて」
「待ってよ、パメラ。これって……赤い薔薇じゃない」
「それはそうでしょ」

 パメラはそれがどうしたの、と言わんばかり。
 祭りに参加する人々は体のどこかに薔薇を身につけるのがルール。
 赤薔薇はパートナー募集中で、白薔薇はパートナーあり。

「お婿さんを探すんだからさ! ちゃんとしなきゃねっ! じゃ、ときめきを探しに行こう!」
「まったく」

 やる気満々なパメラに引きずられる。
 大通りには民芸品を売る屋台だけでなく、食事ができる屋台も連ねている。

「ね、ねえ、さっきから視線が痛いんだけど」
「当然ね。最高の逸材が現れたんだからさ」

 さっそく鼻の下を伸ばした男たちが寄ってくる。

「お嬢さん、どうです。これから俺と屋台見物でも」
「いやいや、是非俺とパレードを見ましょう!」
「今はちょっと。ぶらぶらしてるだけなんで」

 ジュリアは苦笑いしながら、やんわりと断る。

「そう言わないでください」
「そうです。赤い薔薇を身につけてるっていうことは、あなたも恋を探しに来たのでしょう!?」
「こ、この薔薇は友だちが……」

 さすがにこれ以上、無理矢理迫ってきたら、ジュリアとしても実力行使に出ないといけないかと思った矢先、パメラが割って入ってきた。

「ぜんぜん駄目! 二人とも下心がダダ漏れ過ぎ! ジュリアには相応しくない!」
「お嬢ちゃん、邪魔しないでくれ」
「そうだ。白薔薇に用はないんだよ」

 男に肩を押され、パメラが尻もちをつく。

 ぶち!

「イデデデデデ!」

 ジュリアは男の右腕を捻り上げ、俯せに押し倒す。

「パメラに何してるのよ」
「い、痛ぁ! う、腕が、も、もげるぅぅぅぅ!」
「平気よ。人体って思っている以上に強靱なんだからこれくらいどうってことないわよれから、恋人が欲しいのならどんな人間にも敬意を持ちなさいっ」

 腕を離すと、男は涙目になりながら逃げていく。
 もう一人声をかけてきた男も完全に肝を潰して、姿を消した。

「大丈夫?」

 パメラの手を掴んで引っ張り起こす。
 するとパメラが抱きついてくる。

「ほんとうに格好よすぎるよ、ジュリア! 私が男だったら、絶対あなたのパートナーに名乗りをあげる!」
「あはは、ありがとう」

 今の騒動を目撃した男たちは、ジュリアを遠巻きにする。

「おい、あれもしかしてジュリア将軍じゃないか?」
「え、英雄の!?」

 野次馬たちの間からそんな囁きが交わされるのが聞こえる。

「う、ごめん。私が余計なことしちゃったばっかりに」
「私のことを心配してくれたんでしょ。それに、邪魔されないから今が最高」

 それからジュリアたちは男性たちに煩わされることなく屋台で食事をしたり、薔薇を使った香水やアクセサリーを購入したりとめいいっぱい楽しんだ。

 気付けば、日が落ち、薄墨を引いた夜空には星がまたたきはじめる。
 夜になると、大通りは昼間とは一変した。

 蕾が花開くと同時に魔法の効果で青白く輝く蒼光の薔薇が、蝋燭の代わりに街路を彩ったのだ。
 その幻想的なライトアップに、人々の目はうっとりと輝く。
 その青白い輝きが帝都を流れる大河に反射し、さらに美しく映えるのだ。

「きれーっ」

 橋の欄干に頬杖をついたパメラが無邪気に微笑む。

「本当ね」
「せっかくジュリアの相手を探すつもりで誘ったのに、ごめんね」
「いいよ、別に。そもそも貴族同士の結婚ともなれば相手の出自も考えないといけないから、さすがにこういう場で出会う人は貴族かどうかも分からないし」
「そうだけどさぁ。私、一度はジュリアにときめいて欲しいんだよねえ。だってジュリア、ロマンス小説のキャラクターにさえドキドキしないって言ってたでしょ。だから目も心も奪われるような体験をする女性主人公が羨ましいって」

 そうね、とジュリアは相槌を打った。

「だから本当に恋人になるかはおいておいて、一目惚れをして欲しかったんだぁ」
「その気持ちだけで嬉しいし、今日はすごく楽しかったもの。だから今日はこのままでいい。そろそろ花火でしょ?」

 キャスリア祭のクライマックスは、夜空を彩る花火だ。

「それじゃ、花火の前に屋台をひやかしましょ」
「賛成!」

 人混みを縫うように歩き出したその時、ジュリアは街路を埋め尽くす人の中に、頭二つ分飛び出す男性の姿を見つける。

「いきなり立ち止まってどうしたの、ジュリ……あっ!」

 パメラが大きな声を出す。
 ギルフォードだった。その隣には、赤いドレスをまとう、黒髪の可憐な女性。
 その子がギルフォードの腕に抱きついている。親しげに身を寄せ、何かしきりに話しかけている。一方のギルフォードはと言えば小さく相槌を打って、何か答えている。

 普段の彼ならそんなことをされたら「邪魔だ」と言って、腕をふりほどくだろう。
 ジュリアは、こくり、と唾を飲み込んでしまう。

「あれよ、ジュリア。ユピノア令嬢! うわあ……本当に将軍って、あの子と付き合ってるんだ。やっぱり結婚を前提なんだろうねえ」
「……そうかもね」

 ギルフォードの恋愛が成就するのは、幼馴染として喜ばしはずなのに、胸のもやもやが芽生えるだけでなく、胸に疼くような痛みがはしりぬけたのだ。

「ジュリア、平気?」

 今のジュリアが変な顔をしていたのだろうか、パメラが心配そうに顔を覗き込んでくる。

「う、うん……まあ」

 パメラが、ジュリアとギルフォードとを見比べる。

「追いかけてみる? 花火まで時間があるし。行こっ!」

 右手でジュリアの手を掴んで引っ張りながら進むパメラは「はいはいごめんなさーい、通りまーすっ」と人混みを掻き分け、少しずつギルフォードたちとの距離を詰めていく。

 ジュリアは手を引かれながら、ギルフォードの顔から目を離せない。

 ――でもあとをつけて、それからどうするつもり?

 ギルフォードが恋人と一緒に楽しんでいるのに、野次馬根性で尾行されているなんて知ったら不愉快だろう。
 ジュリアもギルフォードの立場だったら快くは思わない。

「待って、パメラ」
「どうしたの?」
「後を付けるなんてマナー違反よ。せっかくいい雰囲気なのに、邪魔したら悪いもの」

 胸にはしるズキズキした鈍い痛みを意識しながら、ジュリアは笑顔で言う。

「……いいの?」

 パメラは真剣な顔で聞いてくる。

「花火を見逃したらもったいないでしょ? 一年に一度の花火なんだからさ」

 ジュリアが方向転換しようしたその時。

「――恥知らずな帝国民よ、聞けえええええ!」

 建物の屋上にフードを目深にかぶった男が立っていた。

「お前たちは我ら公国の民の生き血を啜り、数多の屍の上に立ちながら、下らない色恋にうつつを抜かす! 我々公国は、貴様らのような愚かしい者どもを決して許しはしない! 我らが公国は不滅! 天に代わり、貴様らに天罰を下す……!」

 男の周囲が赤く光る。魔法だ。

「いでよ、ベヒモス!」
 人でごった返す大通りに突如として巨大な魔法陣が生み出されたかと思えば、そこから雄牛のように鋭いツノを持った巨大な獣が出現した。
「ハハハハハハ! 死ね! 死ね! 公国の民の悲しみを知れええええええ!」
 グオオオオオオオオオオオオ……!!
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