君との恋のエトセトラ
第七章 我らがシンデレラ
「おー、航。お疲れ。今夜は会食ないのか?」

6月も終わりに近づいた頃。
その日のクライアントとの打ち合わせを全て終えてオフィスに戻った航に、デスクにいた木原が声をかけた。

「お疲れ。今日はもう予定はないんだ。明日の資料を作ったら上がれる」
「そうか。なら、久しぶりに飲みに行かないか?資料作るの、時間かかるのか?」
「いや。30分もあれば終わる」
「じゃあ俺もさっさと終わらせるよ」

二人してテキバキと仕事を終えると、まだオフィスに残る社員に挨拶して退社する。

馴染みの居酒屋へ行くと、まずはビールで乾杯した。

「いつ以来だ?お前とサシで飲むの」

木原の問いに、航は宙を見ながら考える。

「んー、思い出せん。同期会の後に一回飲まなかったか?」
「あれ、新年会の頃だぞ?」
「じゃあ半年ぶりだな」
「そんなになるのか。どうだ?最近は。ま、航は相変わらず一課のトップだけどさ」
「いや、たまたまいい波が続いてるだけだ。去年は散々だったし」
「俺なんかいつも散々だよ。いいなー、俺もいつか乗ってみたいぜ、ビッグウェーブに」

あはは!と航は明るく笑う。

「そのうち絶対いい波が来るよ。今お前が抱えてる案件、上手くいってるんじゃないか?最近、よく打ち合わせしてるだろ?」
「そうなんだよ!」

よくぞ言ってくれたとばかりに、木原は嬉しそうに身を乗り出す。

「今まで俺、忙しさに追われてじっくりクライアントに向き合えなかったんだけど、ここに来て妙に落ち着いて考えられるようになったんだ。色んな提案して先方にも喜ばれてさ」
「へえ。それはまたなんで?」
「凛ちゃんのおかげかな」

え?と航は顔を上げて木原を見る。

「どういうこと?」
「お前、あんまりオフィスにいないから知らないか。凛ちゃんさ、すごく細やかに俺達のフォローしてくれるんだよ。資料作ったり、知りたい情報を調べてまとめておいてくれたり。戸田もすっかり頼り切ってる。あいつ、いっつもオフィスに入り浸ってるんだぜ?何かっちゃ、凛ちゃん凛ちゃんって」
「そうなのか?」
「ああ。まあ俺もあいつのこと言えないけどさ。クライアントに持って行く資料、完璧に用意してくれるんだもん。課長もべた褒めだぜ?凛ちゃんのこと」
「ふーん…」

思わず気の抜けた返事をしてしまう。

「それにオフィスの雰囲気も明るくなったし。みんな嬉しそうに外回りから帰ってくるぞ。凛ちゃんが、お帰りなさい!ってコーヒー淹れてくれるのを楽しみにな」
「そうなんだ…」
「お前もたまには早くオフィスに帰って来いよ。我らがシンデレラは5時までしか会えないからな」

そう言ってまたビールを飲む木原を、航はぼんやりと見ていた。
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