【マンガシナリオ】前略、恋文お返しするので婚約破棄してください。

第四話



○ゆい子の部屋(夜)
 舞踏会に行く準備を整えるゆい子。ドレスに着替え、ウメが髪型を綺麗にまとめている。


ウメ「あら?虫刺されですか?」
ゆい子「え?」
ウメ「首に虫刺されみたいな赤い痕が」
ゆい子「あれ?本当だ」


 鏡を見ながら赤い痕を確認するゆい子。


ゆい子「いつの間に刺されたんだろう?」
ウメ「この位置だとストールでは上手く隠せませんね」
ゆい子「うーん、まあいいや。別に目立つものでもないし」
ウメ「こんな時に間の悪い虫ですこと。さあ出来ましたよ、どこからどう見ても立派なご令嬢です!」
ゆい子「わあ…っ」


 鏡の前で横を向いたり後ろを向いたりするゆい子。


ゆい子「何だか私じゃないみたい」
ウメ「よろしいですか、お嬢様。くれぐれもお淑やかに、淑女らしい立ち居振る舞いを心がけるのです。わかりましたね?」
ゆい子「わかってるってば!」


○玄関の前(夜)
 上品なタキシード姿の椿が待っている。かなりイケメン。


ゆい子「(うわ…っ、お世辞じゃなく椿様素敵すぎる……)」
椿「! ゆい子さん!」
ゆい子「お、お待たせしました…」
椿「やはりよくお似合いです。とても綺麗ですよ」
ゆい子「ど、ドレスが素敵だから…」
椿「ドレスだけでなく、ゆい子さんも」※ニッコリ
ゆい子「〜っ(なんかムズムズする!!)」


 馬車が走っているシーン。
 馬車から降りようとするゆい子に手を差し伸べる椿。


椿「どうぞ」
ゆい子「ありがとう、ございます…」
椿(ニッコリ)
ゆい子「(今日ずっとこんな感じ!?最後まで保つのかな…)」


○舞踏会会場(夜)
 腕を組んで会場に入るゆい子と椿。
 ほう…っとざわめく女性たち。


女性A「見て!満咲公爵家の椿様よ…!」
女性B「なんて見目麗しいの…今日も完璧だわ」
女性C「そんなことより、椿様が女性を連れているわ!」


 周囲の視線がゆい子に集中している。


ゆい子「……」


 ヒソヒソと囁く女性たち。


女性D「どちらのご令嬢?見たことのない顔だけど…」
女性E「まさかあれが椿様の?」
ゆい子「(視線が痛い…)」


 一人のダンディな紳士が椿に話しかける。


伯爵「椿くん!」
椿「これは山吹伯爵。ご無沙汰しております」
伯爵「見ない間にすっかりご立派になられて。お父上もさぞ鼻が高いでしょうな」
椿「…とんでもない」
伯爵「それはそうと、こちらの女性は…」
ゆい子「! あ…」
椿「僕の許嫁です」


 ゆい子の肩を寄せ、微笑む椿。
 ざわっと周囲がざわつく。


伯爵「おお、そうでしたか。可愛らしいお嬢様だ」
椿「ええ、かわいくて仕方がないんです。片時も彼女と離れたくなくて」
ゆい子「!?(ちょっと椿様!?)」


 キャーー!という悲鳴。


椿「ゆい子、ご挨拶を」
ゆい子「あっ。は、初めまして、柊ゆい子と申します」


 慌ててお辞儀をするゆい子。


伯爵「柊…?柊とはもしや、」
椿「申し訳ありません、他にも挨拶回りがありますので…これで失礼致します」
伯爵「ああ、引き止めてすまないね」


 そそくさとその場から立ち去る椿とゆい子。


ゆい子「他にも挨拶回りがあるんですか?」※小声
椿「ないですよ。今夜は舞踏会なんだから」※小声


 ゆい子に向かって恭しくお辞儀する椿。


椿「レディ、一曲目は僕と踊っていただけますか?」
ゆい子「れ、れでぃ!?」


 ゆい子の手を取り、もう片方の手をゆい子の腰に回す椿。
 音楽が流れ、舞踏会が始まる。
 ダンスを始める二人。ぎこちなくアワアワしているゆい子と穏やかに微笑む椿。


ゆい子「(え、えっと、次は…)」
椿「大丈夫、僕に委ねて」※耳元で囁く
ゆい子「!」


 ゆい子をリードしながら踊る椿。
 感嘆の声を上げるギャラリー。


女性A「ずるい!椿様の一曲目のお相手になりたかったのに!」
女性B「でもお上手ね」
女性C「あれは椿様のおかげよ」
ゆい子「(その通りです…)」


 ダンスする二人の表情アップ。


ゆい子「(改めて気づかされる、私はとんでもない人と婚約していたんだなぁと。
本当は何となくわかってた。会いたい、会いに来て欲しいと願っても簡単に会える方ではない。
それでも、どうしてもあなたに会いたかったの)」


 椿を見つめながらきゅうっと胸が締め付けられるように、切なくなるゆい子のアップ。


ゆい子「(椿様はどうして私と婚約してるのだろう。片田舎の没落子爵家の娘なのに、本当に私でいいのかな――)」


 一曲目のダンスが終了する。


椿「お上手でしたよ」
ゆい子「椿様が上手いから…」
椿「でも僕の足を踏まないようにと必死だったでしょう?可愛らしかったです」
ゆい子「っ! べ、別に…」


 別の紳士が椿に向かって話しかける。


伯爵「椿くん、少しいいかな」
椿「はい。ゆい子さん、少し席を外します」
ゆい子「あ、はい」
椿「待っていてくださいね」


 ゆい子の頬にキスする椿。


ゆい子「っ!?」※顔真っ赤


 周囲から悲鳴のような声が上がる。
 キスされた頬を押さえながら真っ赤になって椿を見送るゆい子。


ゆい子「(なんか今日の椿様甘くない!?)」

女性A「見てよあれ…見せつけているのかしら」
女性B「私たちに入り込む隙間はないという意味かしら」
ゆい子「(ああ、そういうことか…。
他の令嬢に言い寄られないためにやってるってことね。
別に私たち、愛し合って許嫁になったわけじゃない)」


 隅っこでポツンと佇むゆい子。


ゆい子「(でも、あんなことされたら……)」
???「少しよろしいですか?」
ゆい子「え?」


 若い男がゆい子に声をかける。


若い男「もし良ければ踊っていただけませんか?」
ゆい子「えっ…私ですか!?」
若い男「はい、あなたに話しかけているので」
ゆい子「いやでもっ、私は…っ!」
若い男「許嫁がいる?良いじゃないですか、今夜は楽しい舞踏会なんですから」
ゆい子「(どうしよう、ここで断ったら空気悪くする?一曲踊った方がいいのかな…)」
若い男「さあ、お手を…」


 若い男、ゆい子の首筋に気がつく。
 ゆい子の首筋のアップ。真っ赤な痕がくっきりと見える。


若い男「あーー…、すみません、やっぱり失礼します」
ゆい子「えっ!?」
若い男「(あんな見えるところに…流石に引くわ)」


 背を向けて立ち去る男。


ゆい子「(えっ!?私何かした!?何か不快にさせるようなことしたとか!?)」
???「ちょっとあなた!」
ゆい子「え?」


 背後から声をかけられ、振り返るゆい子。
 高飛車そうな令嬢がゆい子を睨む。


楠木(くすのき)(みやび)
楠木侯爵令嬢。美人だけど高飛車。椿のことが好き。


雅「このわたくしに挨拶もなしだなんて、随分なことね」
ゆい子「……どちら様ですか?」
雅「ハァッ!?楠木侯爵の娘であるこのわたくしをご存知ないですって!?」
ゆい子「す、すみません…(辺境の田舎子爵家だったから華族同士の繋がりが希薄でわからない…)」
雅「なんて失礼な…!こんな方が椿様の許嫁だなんて。一体どんな姑息な手を使ったのかしら?」
ゆい子「姑息も何も生まれた時から決まってたんですけど…」
雅「嘘おっしゃい!由緒正しき満咲公爵家があなたみたいな馬の骨を選ぶなんておかし…っ」


 雅、ゆい子の首筋に気がつく。


雅「…っ! なんて生意気な…!
あなたさえいなければ、この楠木雅が椿様と結婚するはずだったのよ!」
ゆい子「え?」
雅「本来なら侯爵家の令嬢であるわたくしこそが相応しいのに…っ!!」


 ゆい子に向かって掴み掛かろうとする雅。
 振り上げられた雅の腕を背後から掴む椿。


雅「!! 椿様…っ」
椿「何を勘違いしているかわかりませんが、あなたと婚約した覚えはありませんよ、楠木侯爵令嬢」
雅「っ!!」
椿「僕の許嫁はゆい子さんただ一人です」
ゆい子「(椿様…)」
椿「そろそろ帰りましょうか、ゆい子さん」
ゆい子「えっ、もういいのですか?」
椿「ゆい子さんがもう少し踊りたければお相手しますが」
ゆい子「いや、それはもういいです…」
椿「では、我々はこれで失礼します」


 ゆい子の肩を抱き、ギャラリーに向かって笑顔で会釈する椿。
 そのまま会場から立ち去る二人。


○馬車の中
椿「今日はありがとうございました。ゆい子さんと踊れて楽しかったです」
ゆい子「……」

 俯くゆい子。

椿「ゆい子さん?」
ゆい子「どうして私は椿様の許嫁なんですか?」※顔を上げる
椿「え?」
ゆい子「だって、家柄が全然釣り合ってないし。あの方の言ってたことを気にしてるわけじゃないけど、なんでなのかなって…」
椿「好きだからです」
ゆい子「!」
椿「ゆい子さんのことが好きだから、ではいけませんか?」
ゆい子「え、あ、えっと……」


 突然の告白に戸惑い、真っ赤になって俯くゆい子。


椿「まだ僕のこと嫌いですか?」
ゆい子「……っ、わかりません」
椿「では好きになってください」


 ゆい子の手を取りキスする椿。


椿「あなたにまた文を受け取ってもらえるように努めますから」
ゆい子「――っ」


 ゆい子を真っ直ぐ見つめる椿と赤面するゆい子、それぞれのアップ。


ゆい子モノローグ「愛のない結婚は嫌だった。
でも、愛が芽生えたら――?」


 見つめ合う二人のアップ。


○満咲邸・椿の部屋(深夜)
 寝間着に着替えて何かの書類を見つめる椿。
 ドアの前で寄りかかって立つ榎本。


榎本「お嬢様に話さないんすか?」
椿「榎本…黙って主人の部屋に入るとは感心しないね」
榎本「一応表向きの主人はお嬢様なんで。つーかあんなわかりやすいところに痕付けます?
虫刺されだと思ってたみたいっすけど、あれ気づく人は気づくでしょ…」
椿「見えるところになければ虫除けの意味がないでしょう?」※ニッコリ
榎本「相変わらずっすね…その偏愛ぶり。
子爵夫妻が亡くなってから満咲家の使用人の俺をわざわざ寄越し、逐一報告させて自分は郵便屋として会いに行って。そんな回りくどいことしてるから嫌われるんすよ」
椿「はは、耳が痛いな」
榎本「で、言わないんすか?どうしてお二人が婚約したのか」
椿「ゆい子さんは知らなくて良いことだ。君も黙っていてくれるよね?」
榎本「……(言ったら殺すって言ってるようなもんだろ。ほんと真っ黒いよなこの人)」
椿「それよりも、今日のゆい子さんは一層可愛かった…!慣れないダンスに奮闘していて、僕の足を踏まないように必死で!なんていじらしい…!」


 恍惚な表情の椿。興奮気味にハアハアしてる。


榎本「(変態…お嬢様もとんでもない人に捕まったよな)」
椿「記者を買収してゆい子さんとのダンスを写真に収めさせたんだ。現像されるのが楽しみだな!
あ、もちろん世に出回るなんてことはないよ?ゆい子さんを独り占めしていいのは僕だけだからね」
榎本「…呆れて言葉もないっす」
椿「ははは」


 椿、机の引き出しから分厚い冊子を取り出す。
 めくられたページには、ゆい子の写真がびっしりと貼られている。
 どれもカメラの方を見ていないため、隠し撮りされたもの。ゆい子が少しずつ成長する姿が収められている。
 写真を見ながら微笑む椿のアップ。


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