愛を秘めた外交官とのお見合い婚は甘くて熱くて焦れったい
「え?」

 店の入口を出たところで、足を止めた。

 正面を少し外した位置に、一台のタクシーが止まっている。
 そのドアの前で、ふたりは抱き合っていた。

 千隼さんは私に背を向けており、どんな表情をしているかまではわからない。
 彼の背に回された山科さんのほっそりとした色白の手は、これまで目にしてきた勝気な印象とは異なり、あまりにも儚げだ。

 けれど指先にはぎゅっと力が込められており、彼女が必死に千隼さんに縋りついている様子がうかがえる。

〝やめて〟と、ふたりの間に割って入りたいのに、足が動いてくれない。

 体を離そうと身を捩った千隼さんだが、本気で拒絶をしているようには見えなかった。丁寧に彼女の腕を話す様に、過去の親密な関係を想起させられる。

 ふたりが築いてきた時間は、私よりもずっと長い。こんな接触は、何度も繰り返されてきたことなのだろうか。

 ズキズキと痛む胸もとに、ぐっと手を押し当てる。

 私さえいなければと、再び不安に襲われる。
 これ以上見ていられず、なんとか踵を返した。

 入口の手前で大きく呼吸を吐き出して、気持ちを落ち着かせる。それから、なんでもないふうを装って店内に戻った。

「櫛田さん、すみません。間に合わなかったので、渡しておいてもらえますか」

 そう言うわりに千隼さんを伴っていな私に、一瞬、怪訝な顔をされる。
 でも彼はすぐに表情を取り繕い、申し訳なさそうに眉を下げた。

「こちらこそ、なんかすみません」

 ハンカチを差し出す私に、櫛田さんが恐縮する。
 今夜の彼女の態度に、彼にも想うところがあったのか。もしかしてこのふたりも、千隼さんと山科さんの関係を知っているのかもしれない。
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