溺愛まじりのお見合い結婚~エリート外交官は最愛の年下妻を過保護に囲い込む~
 疑いはじめたらきりがなく、なにも信じられなくなりそうだ。
 被りを振ってそそくさとその場を離れると、入れ違いで千隼さんが戻ってきた。

 彼らはそれからすぐに解散し、千隼さんだけが残っている。彼はすぐさま、いつもの片隅の席に移動した。

「騒がしくして、すまなかった」

「ううん。大丈夫だから」

 彼らに、ほかの客の迷惑になるような態度はなかった。
 山科さんは少しばかり飲み過ぎだったかもしれないが、私にそれを咎める権利はない。

 聞きたいことはたくさんあるはずなのに、上手く言葉が出てこない。
 下手に口を開けば感情的になって彼を責めてしまいかねず、唇をぐっと引き結んだ。

「今夜は、俺だけの特別はないのか?」

 空気を変えるように、千隼さんがおどけたような口調で尋ねてくる。
 私が用意したおかずを求められているのだと、すぐに気づいた。

「まだ食べられそう?」

 千隼さんから言ってくれたのだから素直に出せばいいのに、つい尋ね返してしまう。
 こんなかわいくない態度ばかり取り続けていれば、山科さんの存在がなくても早々に嫌われてしまいそうだ。

「もちろん。それが一番の楽しみだから」

 嫌な私でも、千隼さんは笑顔でかわしてしまう。
 でも、普段ならうれしく感じるそんな言葉も、今夜は素直に受け取れそうにない。曇った表情を見られないように、すぐさま彼に背を向けた。

 それから、食事を終えて帰途に就く。
 汗ばむくらいの陽気 だというのに、彼はいつものように私の手を握った。

 好きな人には幸せでいてほしい。
 そう願っているのは本心なのに、彼が本当に望む相手が自分でない可能性を直視できないでいる。
 
 繋がれたこの手を、放さなくてはいけないときが来るのだろうか。

 彼がなにも言わないのなら、私からも聞かないでおく。
 結局これまでと同じように口を閉ざすと決めた自分の弱さに辟易するが、自分からは彼を手放せそうにないから許してほしい。

 私に向けられ千隼さんからのたくさんの優しさが、偽りではありませんように。
 そう切に願いながら、そっと握り返した。
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