Stayhere! 上司は××××で御曹司
「正社員のライターたちもな、結構、色んなとこで出稼ぎしてんだよ。田辺は釣り雑誌、宮本は美容系だったかな、あと何人か…とにかく他の雑誌でも書いていて、それは俺も容認してる。書いてナンボの世界だからな」
「そうですか。よかった…あ、それで皆さん、躊躇なくミュージシャンのDVDを買えたりするんですね。どかどか買ってるから、そんなに社員さん達のお給料はいいのかと…」
「そんな誤解もするだろうな。ただ、多分、副業してなくても、あいつらは買うぞ。ロックオタクだからな」
「そうですよね…」
私もです、と思わず言ってしまいそうになる。特に「キング」に関してはオタクを自覚している。でも、目の前にいる編集長に「キング」の記事は書くなと言われてしまった。ななみにすれば、自分の軸となる部分をいらない、と言われたようなものだ。そのことを考えると気持ちがよどんでくる。
話題はいつの間にか、木下と編集長の学生時代の話に移っていた。オーナーが、へえ、と声をあげた。
「じゃ、木下さんも葉山さんも、軽音楽部だったんですか」
そうそう、と木下が笑顔を作る。
「俺は、葉山達のОBね。だいぶ下だけど、学祭の打ち上げとかで、会ってさ。好みのバンドが一緒だったりして、飲むようになったんだよな」
「木下さん、つぶれるまで飲ませようとするから、大変でしたよ。おかげで酒が強くなりました」
「バンドマンは酒が強くなるもんなんだよ。葉山、ベースは最近どうしてんだ」
ななみのアンテナがぴん、と立った。編集長がベース?
「最近はなかなか…まあ、仕事柄、聴くばっかりになりますからね。たまには弾きたいんですけど」
「編集長ってバンドやってたんですか?」
静かに男性陣の話を聞いていようと思っていたななみだが、つい口をはさんでしまった。
だって…編集長がベースって…意外すぎる。
「軽音、ってのはそういうもんだろ」
編集長が、微妙に照れくさそうに言った。あまり触れてほしくなさそうだ。
「ハウリンウルフのコピーとか、よくやってたよなあ」
木下さんが、嬉しそうに言う。編集長が照れるのが面白いんだろう。
「ハウリンウルフ!私も好きです!」
好きなミュージシャンがおすすめしていて、CDを買い、はまった洋楽の一つだった。それからはロック談義に花が咲き、わっと盛り上がった。
23時になり、ななみとかよは、バイトをあがった。制服を脱いで、私服に着替えて、店を後にする。
「ななみ、ごめん。今日は、智也のとこに行くことになってて」
かよが手で拝んで言った。かよには年下の彼氏がいる。つきあって三年目で、かよはちょこちょこ彼氏の智也の部屋に泊りに行く。智也の部屋に用意があるので、わざわざお泊りセットを持って行ったりしない。三年目ってそんな感じかと、その親密さを、ななみはちょっとだけ羨ましく思っている。
「了解。気をつけてね。智也君にもよろしく」
「うん。ななみも。今度のバイト休みの日は、鍋しよう」
「いいね。楽しみ」
じゃあねー、と街灯の下で別れる。アパートまでほぼ、明るい道なので、一人歩きもそう気にならない。ところが、今日は、違った。コツコツと足音が近づいてくる。気のせいか、と信号を渡っても、やはり足音がする。これはやばいかもしれない、とななみは思い切って振り返った。
「お前、歩くの早いな」
振り返った先にいたのは、秋物のコートを着た編集長だった。
「え?あの…まだ、飲んでらしたんじゃ」
「…そろそろ引き上げ時だ。明日もあるしな」
「そうでしたか、ではまた明日」
お辞儀をして、角を曲がるべく踵を返す。
「アホかっ!」
いきなり怒鳴られた。
「若い女を一人で歩いて帰らせられるかっ。送ってやるって言ってんだよ!」
え、とななみは固まった。帰ろうとしたら怒鳴られて。見ると、編集長の顔が赤い。
じゃあ…怒鳴ったのは…照れ隠し?
ななみは思わず、ぷっと吹き出してしまった。まるで中学生男子みたい、と。
「こっちの道で、いいんだな?行くぞ」
つかつかと歩きだす。はい、とななみは編集長の背を追いかけるようにして歩き始めた。
しばらく黙って二人で歩いた。
ななみは、何か会話を、と探した。さっきの木下とオーナーと編集長の四人で話していた時、わかったのは、編集長が大学時代、バンドをやっていたこと。単位がギリギリだったこと。そのくせ、大学のレポートを書くのは好きで、ライター業を意識しだしたこと。
会社にいる時は、仕事をいかにこなすかで精一杯で、編集長のバックボーンを詮索する余裕はなかった。いつも顔を突き合わせているのに、知らないことってたくさんあるんだなあ、と改めて思った。
「北条、お前…どれくらい、バーのバイトに入ってるんだ」
編集長が前を見たまま言った。
「あ、週に二回くらいです」
「ふん。…あんまり、身を入れるなよ」
「あ…」
ななみは少したじろいだ。副業がOKと言っても、自分はまだ下っ端バイトの身。ダブルワークなんてまだ早いわ、と言われても仕方ない。
慌てて、ななみは言った。
「すみません。ダブルワークなんて、生意気ですよね。わかってます。でも、ロックアウトの仕事をないがしろにするつもりは全然ないんです。そのつもりで毎日」
編集長が怪訝な顔をした。
「…何、言ってる。お前が出勤時間より早めに来て掃除してるのも、写真の整理とかコツコツやってんのも、備品の補充とか言われる前にやってんのも、知ってるよ。地味に、ちゃんとやってる」
「…嘘」
「なんだ、嘘って」
じろり、とにらまれる。
「あ、失礼しました。だって、私、編集長には、ダメ出ししか、された事なくて」
「当たり前だ。ダメ出しするのが上司だ」
ふいっとななみに向けていた視線をまた前に戻す。その瞬間、ふわっとななみの気持ちが高揚した。
下っ端バイトで、与えられた事をやるので精一杯で。でも、他にもできることがあったらやろう、と自分に課していた。それを評価されようなんて、編集長の言うように「ぬるい」。いつか自分の身になって糧になればいいと思っていた。
だけど。ちゃんと見ていてくれたんだ。自分の上司のこの人が。
ななみは、足を止めて、頭を下げた。そんな、ななみを見ている編集長の視線を感じた。
「ありがとうございます…!なんて言ったらいいか…嬉しいです」
すると、ちっ、と舌打ちされた。
「し、舌打ち?!」
下げた頭が驚きで上を向く。
「だからさあ!」
忌々しそうに、編集長が声をあげた。
「そんなに目いっぱい、うちの仕事して、その上、バーのバイトまで入れやがって、身体こわさねえように気をつけろって、話だよ!わかれ!」
「え…は…はい」
ななみは、目の前がちかちかした。
えーと、つまり…私の身体の心配してくれてたんだ。
改めて、編集長を見ると、言いたくなかった、という顔をしている。
この人…年上で、上司で編集長だけど…すごく不器用な人なんだ。
なんか…なんか…かわいい。
「何、にやけてる。行くぞ」
編集長が背を向けて歩き出す。くすぐったい気持ちを抱えて、ななみは後を追った。
もうすぐ、ななみのアパート、というところで、ななみは、ふと思いついて言った。
「そういえば、編集長がお酒飲んでるとこ見るの、私の歓迎会以来でした。あまりお酒の席は好きじゃないのかと思ってました」
ななみは、正社員ライター達と、仕事終わりに飲みに行くことが時々あった。校了中はとんでもなく大忙しなので、校了が明けると、つい気持ちが盛り上がり、皆で一緒に飲んでしまうのだ。
でも、そんな時、編集長はいつも不在だ。編集長こそ、何かと忙しかったはずなのに、校了が明けると速やかに姿を消す。
「そうですか。よかった…あ、それで皆さん、躊躇なくミュージシャンのDVDを買えたりするんですね。どかどか買ってるから、そんなに社員さん達のお給料はいいのかと…」
「そんな誤解もするだろうな。ただ、多分、副業してなくても、あいつらは買うぞ。ロックオタクだからな」
「そうですよね…」
私もです、と思わず言ってしまいそうになる。特に「キング」に関してはオタクを自覚している。でも、目の前にいる編集長に「キング」の記事は書くなと言われてしまった。ななみにすれば、自分の軸となる部分をいらない、と言われたようなものだ。そのことを考えると気持ちがよどんでくる。
話題はいつの間にか、木下と編集長の学生時代の話に移っていた。オーナーが、へえ、と声をあげた。
「じゃ、木下さんも葉山さんも、軽音楽部だったんですか」
そうそう、と木下が笑顔を作る。
「俺は、葉山達のОBね。だいぶ下だけど、学祭の打ち上げとかで、会ってさ。好みのバンドが一緒だったりして、飲むようになったんだよな」
「木下さん、つぶれるまで飲ませようとするから、大変でしたよ。おかげで酒が強くなりました」
「バンドマンは酒が強くなるもんなんだよ。葉山、ベースは最近どうしてんだ」
ななみのアンテナがぴん、と立った。編集長がベース?
「最近はなかなか…まあ、仕事柄、聴くばっかりになりますからね。たまには弾きたいんですけど」
「編集長ってバンドやってたんですか?」
静かに男性陣の話を聞いていようと思っていたななみだが、つい口をはさんでしまった。
だって…編集長がベースって…意外すぎる。
「軽音、ってのはそういうもんだろ」
編集長が、微妙に照れくさそうに言った。あまり触れてほしくなさそうだ。
「ハウリンウルフのコピーとか、よくやってたよなあ」
木下さんが、嬉しそうに言う。編集長が照れるのが面白いんだろう。
「ハウリンウルフ!私も好きです!」
好きなミュージシャンがおすすめしていて、CDを買い、はまった洋楽の一つだった。それからはロック談義に花が咲き、わっと盛り上がった。
23時になり、ななみとかよは、バイトをあがった。制服を脱いで、私服に着替えて、店を後にする。
「ななみ、ごめん。今日は、智也のとこに行くことになってて」
かよが手で拝んで言った。かよには年下の彼氏がいる。つきあって三年目で、かよはちょこちょこ彼氏の智也の部屋に泊りに行く。智也の部屋に用意があるので、わざわざお泊りセットを持って行ったりしない。三年目ってそんな感じかと、その親密さを、ななみはちょっとだけ羨ましく思っている。
「了解。気をつけてね。智也君にもよろしく」
「うん。ななみも。今度のバイト休みの日は、鍋しよう」
「いいね。楽しみ」
じゃあねー、と街灯の下で別れる。アパートまでほぼ、明るい道なので、一人歩きもそう気にならない。ところが、今日は、違った。コツコツと足音が近づいてくる。気のせいか、と信号を渡っても、やはり足音がする。これはやばいかもしれない、とななみは思い切って振り返った。
「お前、歩くの早いな」
振り返った先にいたのは、秋物のコートを着た編集長だった。
「え?あの…まだ、飲んでらしたんじゃ」
「…そろそろ引き上げ時だ。明日もあるしな」
「そうでしたか、ではまた明日」
お辞儀をして、角を曲がるべく踵を返す。
「アホかっ!」
いきなり怒鳴られた。
「若い女を一人で歩いて帰らせられるかっ。送ってやるって言ってんだよ!」
え、とななみは固まった。帰ろうとしたら怒鳴られて。見ると、編集長の顔が赤い。
じゃあ…怒鳴ったのは…照れ隠し?
ななみは思わず、ぷっと吹き出してしまった。まるで中学生男子みたい、と。
「こっちの道で、いいんだな?行くぞ」
つかつかと歩きだす。はい、とななみは編集長の背を追いかけるようにして歩き始めた。
しばらく黙って二人で歩いた。
ななみは、何か会話を、と探した。さっきの木下とオーナーと編集長の四人で話していた時、わかったのは、編集長が大学時代、バンドをやっていたこと。単位がギリギリだったこと。そのくせ、大学のレポートを書くのは好きで、ライター業を意識しだしたこと。
会社にいる時は、仕事をいかにこなすかで精一杯で、編集長のバックボーンを詮索する余裕はなかった。いつも顔を突き合わせているのに、知らないことってたくさんあるんだなあ、と改めて思った。
「北条、お前…どれくらい、バーのバイトに入ってるんだ」
編集長が前を見たまま言った。
「あ、週に二回くらいです」
「ふん。…あんまり、身を入れるなよ」
「あ…」
ななみは少したじろいだ。副業がOKと言っても、自分はまだ下っ端バイトの身。ダブルワークなんてまだ早いわ、と言われても仕方ない。
慌てて、ななみは言った。
「すみません。ダブルワークなんて、生意気ですよね。わかってます。でも、ロックアウトの仕事をないがしろにするつもりは全然ないんです。そのつもりで毎日」
編集長が怪訝な顔をした。
「…何、言ってる。お前が出勤時間より早めに来て掃除してるのも、写真の整理とかコツコツやってんのも、備品の補充とか言われる前にやってんのも、知ってるよ。地味に、ちゃんとやってる」
「…嘘」
「なんだ、嘘って」
じろり、とにらまれる。
「あ、失礼しました。だって、私、編集長には、ダメ出ししか、された事なくて」
「当たり前だ。ダメ出しするのが上司だ」
ふいっとななみに向けていた視線をまた前に戻す。その瞬間、ふわっとななみの気持ちが高揚した。
下っ端バイトで、与えられた事をやるので精一杯で。でも、他にもできることがあったらやろう、と自分に課していた。それを評価されようなんて、編集長の言うように「ぬるい」。いつか自分の身になって糧になればいいと思っていた。
だけど。ちゃんと見ていてくれたんだ。自分の上司のこの人が。
ななみは、足を止めて、頭を下げた。そんな、ななみを見ている編集長の視線を感じた。
「ありがとうございます…!なんて言ったらいいか…嬉しいです」
すると、ちっ、と舌打ちされた。
「し、舌打ち?!」
下げた頭が驚きで上を向く。
「だからさあ!」
忌々しそうに、編集長が声をあげた。
「そんなに目いっぱい、うちの仕事して、その上、バーのバイトまで入れやがって、身体こわさねえように気をつけろって、話だよ!わかれ!」
「え…は…はい」
ななみは、目の前がちかちかした。
えーと、つまり…私の身体の心配してくれてたんだ。
改めて、編集長を見ると、言いたくなかった、という顔をしている。
この人…年上で、上司で編集長だけど…すごく不器用な人なんだ。
なんか…なんか…かわいい。
「何、にやけてる。行くぞ」
編集長が背を向けて歩き出す。くすぐったい気持ちを抱えて、ななみは後を追った。
もうすぐ、ななみのアパート、というところで、ななみは、ふと思いついて言った。
「そういえば、編集長がお酒飲んでるとこ見るの、私の歓迎会以来でした。あまりお酒の席は好きじゃないのかと思ってました」
ななみは、正社員ライター達と、仕事終わりに飲みに行くことが時々あった。校了中はとんでもなく大忙しなので、校了が明けると、つい気持ちが盛り上がり、皆で一緒に飲んでしまうのだ。
でも、そんな時、編集長はいつも不在だ。編集長こそ、何かと忙しかったはずなのに、校了が明けると速やかに姿を消す。