孤独な少女は優しさに堕ちていく。
梨奈と別れて駅へ向かう。

集合時間にはかなりの余裕があるのでのんびりと歩く。

千景さんと待ち合わせするのは初めてだからだろう、胸がドキドキと高鳴っている。

集合時間である9時より15分も早いというのに千景さんはすでに駅で待っていた。

「千景さん!ごめんなさい…待ちました?」

「おはよう。大丈夫、俺が勝手に早く来ただけだから」

なんだか、長い間待っていてくれていたような気がする。

「ホントですか?」

「うん。…、予定より早いけど、電車に乗っちゃおうか」

上手いことはぐらかされた。

座れるほどではなかったものの、想像よりもずっと空いている電車少し安心する。

でも、のびのびと立っていられたのは最初だけだったようだ。

だんだんと人が増えてきて、満員電車に近づいてきた。

周りの人が、揺れるたびに互いに押し合っているのがわかる。

…あれ、なんで私は潰されていないんだろう。

ハッと顔をあげると千景さんと目が合った。

左右を見回すと千景さんが私をを両手の間にいれ、その手を壁につくことで他の人に当たらないようにしてくれていたようだ。

「…っ」

“おとちゃんの好きな人”

梨奈の声がよみがえってくる。

「大丈夫?酔った?」

千景さんは、私の少しの変化にも気づいてくれた。

「いや、酔ってないです。あの、その…、私、別に他の人とぶつかってても大丈夫ですよ?」

「いいよ、このままで。むしろ、乙葉ちゃんが他の人にぶつかってるの俺がやだし」

不意に電車が大きく揺れた。

千景さんの体がこちらへ傾いてくる。

私にぶつかる寸前に千景さんが手をつきなおした。

それでも、私と千景さんの距離はさっきよりずっと縮まった。

顔と顔の間に、せいぜいミカン1つ分くらいしかないのではないだろうか。

何も言えないし、千景さんも何も言わない。

ただただ見つめ合っていた。

心臓はドキドキどころじゃないぐらい鳴り響いている。

千景さんの両手がゆっくりと私の頬へ動いた。

ただでさえ狭い距離なのに、さらに千景さんの顔が近づいてくる。

「っ!」

無意識にギュッと目を瞑る。

……何も起こらない。

「ゴミ、ついてたよ」

千景さんの声で目を開ける。

かぁっと顔に熱が集まっていく。

「あ、りがとうございます、」

千景さんは何もなかったかのように微笑んでいる。

いや、違う。勝手に私が勘違いしただけで本当に何もなかったのだ。

なぜだか少し寂しかった。
< 19 / 33 >

この作品をシェア

pagetop