孤独な少女は優しさに堕ちていく。
尚更、千景さんが私から離れていった意味が分からない。

「それとこれは別の話だよ」

千景さんの表情が見たくて、千景さんの正面にまわった。

千景さんは、微笑んでいなかった。

むしろ泣きそうな顔をして眉をひそめている。

「……」

「…じゃあね」

千景さんが私を避けて進もうとした。

「いや、です。……理由を聞くまでは、納得しません。納得しても、諦めるつもりはないですけど」

再び千景さんの前に出て、歩みを止めさせる。

千景さんの瞳が猛禽類のように鋭く光った。

「ねぇ、俺がどんな人間か考えたことある?」

砂に背中が触れている。

気がつかなかった。

一瞬で千景さんに押し倒されていた。

至近距離で射貫くような視線を送ってくる千景さんにビクリと思わず体が跳ねた。

「ほら、怖いでしょ。俺は元々こういう人間だから」

「怖い、です。っ、…でもっ、こんな時でも好きな気持ちが勝っちゃうんですよっ」

怖い。すごく怖い。

でも、千景さんが私のそばにいてくれると思えばなんてことない。

「千景さんは、何があっても千景さんなんですっ、!千景さんが、今まで私にくれていた優しさはニセモノじゃないって思ってるんですっ!」

一息で、全て言い切る。

「はぁ、」

大きなため息が聞こえてきた。

「如月組って知ってる?俺さ、そこの元組長なんだよ。生まれてから24歳になるまでずっと、組長になるために育てられてきた」

千景さんが私の上にのしかかっていた体をあげた。

重みの消えた体をゆっくりと持ち上げる。

「如月組の、名前だけなら、知ってます」

私だって、親友が暴走族をやっているからといって、裏社会に詳しい訳じゃない。

「ヤクザのグループの一つ、かな。まぁ、もう解散させたけど」

そう話す千景さんは“無”だった。

笑顔もなく、かと言って悲しんでいる素振りもない。

全て、諦めているようだった。

「乙葉ちゃんに会ったくらいの頃に、組長になった。ヤクザだから、人を殴ったりするし、俺は経験しなかったけど、殺すことだってザラにある」

どう返事をしたらいいのかわからない。

私が生きる世界と、全く違う世界の話だった。

「普通の人になりたくて組長を辞めて、組を解散させた。でも、俺が元組長だってことは変えられないんだ。一生、普通の人にはなれない」

そこで一度、千景さんは言葉を切った。

「俺が組を解散させたせいで路頭に迷ったヤツらだっているし、組長をやっていた頃にかった恨みだってある。
水族館にいた金髪の不良も、元組員。
義理に厚い良いやつだったんだけどね」

千景さんは水平線のもっと奥を見ようとするかのように目を細めていた。

「ちか、げさん…」

あまりにも千景さんが儚く見えて、思わず名前を呼ぶ。

千景さんがにっこりと笑顔を作ってこちらを向いた。

「だから、俺の傍にいちゃ駄目なんだ。いずれ危害を加えられるかもしれないし、そもそも俺は乙葉ちゃんが思っているような人間じゃないから。」

千景さんの本当の笑みではないことは直ぐにわかった。
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