孤独な少女は優しさに堕ちていく。
次の日も、その次の日も、かいがらさんが砂浜に現れることは無かった。

貝殻さんに会ったのは偶然だったのだと半分諦め始めた。

でも、そうではないと分かったのは初めてかいがらさんに出会った日から3日後のことだった。

私が波が来ないぎりぎりに立って海を見ていると、少し離れたところから人の気配を感じた。

「かいがらさん…」

私と二歩分の間を開けて、かいがらさんが立っていた。

かいがらさんが顔をこちらに向けた。

前会ったときと同じように柔らかな笑みが唇に乗っている。

「かいがらさんって、俺のこと?」

顔に熱が集まるのが分かった。

心の中でしか呼ばないつもりが、咄嗟に本人に向かって“かいがらさん″と呼びかけてしまった。

「千景。俺の名前は、千景だよ」

返事をしない私を気にする風もなく、名前を教えてくれた。

「あっ…、古谷乙葉です。」

なんとか、名乗ることが出来たようだ。

「“乙葉″かぁ、きれいな名前だね。乙葉ちゃんって呼んでもいい?」

お世辞でも何でも無く、本気できれいだと思ってくれていそうな声音だった。

「全然、大丈夫です。私も、千景さんって呼んでも良い、ですか?」

「好きに呼んでいいよ。なんならかいがらさんでも」

クスリと笑いながら言われた。

本当に恥ずかしい。

勝手に呼んでいた名前をしっかり覚えられてしまった。

「いや、その、千景さんにしておきます…」

千景さんはふふっと笑って再び前を向いた。

「あの、千景さんはよくここに来るんですか?」

会話が終わってしまうのが嫌で、自分から話題をふる。

「こんなに朝早く来ることはなかなか無いけど、たまにくるかな。」

「そうですか…」

道理で千景さんと会うのが初めてな訳だ。

「乙葉ちゃんは、よく来るの?」

「ほぼ毎日来ますよ」

言ってしまってから、毎日浜辺に来るなんて変人じゃん、と思ったけどもう、口に出していた。

「海、きれいだもんね。」

千景さんにとっては気にする必要のないことだったらしい。

「そうですね。」

千景さんはそれからなにも喋らなくて、私もこれ以上の話題を見つけることが出来なくて沈黙が続いた。

不思議と気まずさはなく、むしろ一人ぼっちじゃない、ということが私を落ち着かせた。

沈黙を破ったのは千景さんだった。

「乙葉ちゃんが行ってるのって、花丘高校?」

「え?なんで分かるんですか?」

「俺も花丘高校だったから。制服見て懐かしいな、って思った」

そんな気はしていたけどやはり千景さんは私より年上のようだ。

「じゃあ、先輩なんですね、」

「そうだね、…乙葉ちゃん時間大丈夫?」

千景さんの言葉でチラリと時計を見た。

ちょうどいつも学校に行くぐらいの時間を指していた。

「あっ、時間…、じゃあ、学校行きます。」

「またね、」

千景さんの“またね″で、また会うことが連想されて、少し嬉しかった。

少し早足で、駅への道を歩く。

いつも通りの電車の三両目に乗って梨奈を待つ。

梨奈が乗ってくるのは、私の最寄り駅の2つ先の駅だ。

今度は、梨奈が乗ってきても気がつけるように考え事はしないでおく。

「おはよう」

梨奈が乗ってきてすぐに挨拶する。

「おはよー」

この前が例外なだけで、普段はちゃんと梨奈が来るのを待っているし、挨拶もする。

「今日のおとちゃんはテンション高いね~、なんか珍しい」

梨奈には私のテンションが高く見えるらしい。
そんなつもりはなかったけど。

「えぇー、そう?いつも通りだけど、」

思い当たる節は大いにあるが、何でもないことにしておく。

挨拶だけで私のテンションを見抜いてしまうなんて、梨奈は私よりも私に詳しいのかもしれない。

「んー、そっかー、でもおとちゃんがテンション高いのは珍しいからちょっと嬉しい」

テンションが高いのは決定事項なようだ。

「梨奈はいっつもテンション高いもんね」

「え、ひどくない?梨奈だって静かにしようと思えば静かにできるもん!総長なめんな(笑)」

「総長って、別に静かじゃなくても出来るでしょ」

「梨奈が、静だって言ったら静かなの!!」

互いに冗談だとわかって、やっているやりとりはボケとツッコミのようで面白い。

このやりとりは、学校に着くまで続けられた。
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