孤独な少女は優しさに堕ちていく。
10月
『碧葉の未来はあんたよりずっと明るかったの』

『全部おまえのせいだ』

『なんでこんなことさせたの?』

優しかったはずのお母さん、お父さん、天真爛漫だった弟の碧葉まで。


ハッと目覚めを覚ます。
あの日が近づくとこんな夢を見ることが増える。

今日から私の苦手な10月が始まる。



一歩でも両親のお墓に近づきたいと思うのに、今朝み見た夢も相まって墓地の前で足がとまる。

ギリリと歯を食いしばりながらも墓地に背を向け、砂浜に向かう。

今日は千景さんに会えるだろうか。

つらいことがあったとき、千景さんに会うと少しだけ心が落ち着く。

千景さんが優しくていつでも笑顔だからかもしれない。

砂浜に降りていくと、防波堤の少し後ろで千景さんが立っていた。

「おはようございます」

後ろから声をかけて驚かせようとしたけど、声をかけるより先に千景さんがこちらを向いてしまった。

「おはよう。今日はいい天気だね」

雲一つ無い真っ青な空を見ながら千景さんが言った。

「そうですね。」

私と千景さんは会話らしい会話はしない。

二人並んで海や空を眺めて、ぽつりぽつりと思ったことをつぶやく。

そして、そのつぶやきを互いに拾い合うのだ。

優しい雰囲気を持つ千景さんのそばに居ると不思議と落ち着くし、気まずさを感じたこともない。

「乙葉ちゃんの髪ってきれいだよね」

「え…?」

唐突に髪を褒められた。

切るのを面倒くさがって伸ばし続けている髪はかなりの長さがある。

特別痛んでいる訳ではないが、きれいだと言われるほどのものではない。

「そうでもないですよ、ただ伸びてるだけなんで、」

「そんなことないよ、俺はきれいだと思うけど」

千景さんの言葉はいつも真っ直ぐで、私の心にしっかりと残る。

「千景さんの髪の方がよっぽどきれいだと思います…ふわふわしてて、柔らかそう」

「さわってみる?」

今、千景さんから“さわってみる?″と聞こえた気がした。

さすがに気のせいだろう。

「あ、嫌だった?」

気のせいじゃなかったかもしれない。

「え?何がですか?」

「俺の髪、さわるの」

2回も言われれば気のせいじゃないとわかるので、

「……いいんですか、」

「いいよ、そのかわり乙葉ちゃんの髪もさわってもいい?」

「それは全然いいんですけど、」

千景さんが私との間に空いていた三人分の距離を縮める。

ゆっくり手を伸ばして髪にふれると、思っていたよりもしっかりと固くて、男性らしい髪質を感じた。

髪にふれるごとにうなじが見え隠れする。

無意識にゴクリとつばを飲む。

「ふわふわしてない…」

でも、私の口が発したのは、なんともいえない感想。

「ははっ、なんかごめんね、」

千景さんは軽く笑っている。

突然、シュルという音がしたかと思えば私の結んでいた髪が解かれていた。

私の髪が一房千景さんにすくい上げられて、光にかざされる。

千景さんが身をかがめて私の髪を触っているので、いつもよりずっと千景さんの顔が近くにある。

今度は心臓がドキッと音を立てた気がする。

「ほら、こんなにつやつやしてる」

「っ、ありがとう、ございます」

お礼を言ったら思いっきり噛んだ。

千景さんが真っ直ぐこちらを見ている。

「乙葉ちゃんは、もっと自分に自信を持っていいんじゃない?きっと、乙葉ちゃんが思っている以上に乙葉ちゃんはかわいいし、魅力的だよ」

「……」

私はなにも言えなくて、黙り込んでしまった。

いつも以上に笑みを深めた千景さんが、ゆっくりとほどいたばかりの髪をなでる。

なでられたのが気持ちよくて、目を細めた……

『ブー、ブー、ブー、』

どこかでスマホのバイブレーションが鳴っている。

なんでこんな時に鳴るの…

「乙葉ちゃんのスマホのじゃない?」

私の髪から手を離した千景さんが言った。

「あ、私のです」

電話は、梨奈からだった。

『おとちゃん!今どこ?電車にいる?』

…あ、やらかした。時計を見るのを忘れていた。

「ごめん、寝坊した、後から行くから先行ってて、」

さすがに名前しか知らない相手に頭撫でられてましたとは言えない。

『心配したんだよっ。学校きたらお説教ね!』

「すいません…」

『じゃあ、切るね』

「うん」

梨奈に心配をかけてしまった…

「ごめんね、電車、乗り遅れちゃった?俺が髪さわりたいとか言ったせいだよね…」

「いえ、私も千景さんの髪さわらせてもらったのでおあいこですよ」

「ふふっ、じゃあ、またね」

「はい、」

千景さんに背を向け駅に向かって急ぎ足で歩く。

ギリギリ学校に間に合うくらいの電車に滑り込んで、ドアの前に立つ。

梨奈にどう謝ろうか考えながら、どんどん移り変わっていく景色を眺める。

学校の最寄り駅に着いたらあとは学校まで走るだけ。

なんとか滑り込みで教室に入った。

HRが始まる直前だったようだ。

クラスメイト、特に梨奈から視線を受けながら、急いでカバンをロッカーにしまい、席に着く。

HRの後の休み時間に、梨奈が半分泣きながら私の机にやってきた。

「おとちゃん…心配したんだよ…、」


「ほんとにごめんね、次から気をつける」

「次やったら梨奈、泣くからね」

「うん…」

梨奈がもう半分泣いていることにはツッコまない。
こんな私にも、こんなに大事にしてくれる友達がいる。幸せなことなんだ、と思った。
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