宿り木カフェ

『・・・・・・私はね、再婚しようと思っているんだ』

「えっ・・・・・・」

突然の話に私は言葉を失う。

再婚?

それってあんなに大切だと言っていた亡くなった奥さんを捨てるってこと?

『会社で知り合った人なんだけどね。
彼女は中途採用で私よりかなり若いけど、彼女のひたむきさに気がつけば心を動かされてしまって。
以前から交際を申し込んでいて、やっと少し前にOKをもらって交際を始めたんだ』

さっきからヒロさんは何を言っているの?
そんな事をして、奥さんの記憶は、奥さんへの愛はどうなるの?

『もう年齢も年齢だし、彼女との事は曖昧にせずに早くきちんと結婚について話をしようと思ってる』

「・・・・・・奥さんは?亡くなった奥さんは?
あんなに素敵な人はいないって私に話していたのは嘘だったの?!」

『いや、本当だよ』

「なんでそんなに大切だった人を忘れて他の女性を好きになれるの?!
おかしいよ!奥さんが可哀想だよ!!!」

「由香ちゃん・・・・・・」

裏切られた。

裏切られたんだ、私は。


同じ苦しみを味わって、そして私の事を理解してくれる人に出逢えたと心を許していたのに。
しかしヒロさんは私に妻のことが大切だと言いつつ、裏では他の女性を愛していたなんて。

本当だ、私に男性を見る目なんて全くないじゃない。
信用して心を開いていた相手からの裏切りにあうだなんて。
ここは心を休める場所じゃなかったの?

酷い。
ヒロさんも私を本当は見下したりしていたの?
人を愛せない可哀想な子だって。

私はそんな気持ちが溢れて飲み込まれそうだった。


『由香ちゃんは私が妻以外の他の人と結婚するのは反対なんだね?』

「当たり前じゃない!」

『それは私が幸せになることに、怒りを覚えているって事かな?』

ゆっくりというヒロさんの言葉に、私の思考が止まる。

ヒロさんが幸せになることに私が怒りを覚えている?
まさかそんな。
私が怒りを覚えているのは、あんなに大切だった奥さんを捨てることだ。

「違う!
ヒロさんが奥さんを捨てることだよ!」

『捨てるなんて事は無い。
私は亡くなった妻だって今も愛しているよ』

「そんなの嘘!」

『私はずっと亡くなった妻を抱えたまま、一人で生きていかないといけないのかい?』

その言葉にはっとする。

混乱している頭を必至に落ち着かせ、ヒロさんの言葉を考える。

あぁそうか、私はヒロさんには亡くなった奥さんだけを思って生きて欲しかったんだ・・・・・・。

ずっと苦しみを、悲しみを抱えたままで。

私を理解してくれる、私の理想の人のままで。

そんなことを言われるまで、私が深いところでそう思っていたなんて気がつかなかっただろう。
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