宿り木カフェ

『由香ちゃん。
君は、私がずっと妻だけを思い、悲しく生きて、それでも前を向いて歩く人であって欲しいのだと思う。
それは理解出来る。
私も妻を亡くした後は、もう誰も愛せないと思っていた。
けど時間が経つに連れ、妻を忘れるのではなく、覚えたままでも進めたんだ。
だがこれは私が妻を交通事故で亡くしたからかもしれない。

由香ちゃんのように、お姉さんを殺されたり、お母さんが自殺したりという、私より遙かに若い時に遙かに大きなものを味わった君とは比べることは出来ない』

静かに話すヒロさんの声を、私は少しぼんやりと聞いていた。

『実は友人の一人にこの事を打ち明けたんだ』

「・・・・・・うん」

『同じように、裏切られた、と言われたよ』

「え?」

『お前はずっと彼女だけ思って必死に頑張ってると思っていたから、助けようと思えた。
でもその端では他の女を考えていたんだな、自分だけ幸せになるつもりだったんだなって』

言葉がない。

しかしそれはさっき私によぎったものと同じだ。
そう、なんでヒロさんだけ幸せになるの?と思ったのだ。

『彼からすれば、可哀想な私が良かったんだ。
それを助けている自分が良かったんだろう。
もちろんそれが全てだとは思っていないんだけどね。
遺族ならずっと悲しんでいるべきだという固定概念もきっとあったのだろう。
まぁ仕方のないことだ』

その声はとても寂しそうだった。
きっと、ちゃんと進めているのだと、ただ喜んで欲しかったのに、そんな風に返されて、ヒロさんはどんなに傷ついただろう。
私も先ほど言ってしまった、同じような事を。

お祝いすべきなんだろう、でもそう簡単には気持ちが切り替えられない。


『由香ちゃん』

「・・・・・・うん」

『君はまだ若い。本当に若い。
なのに他の人が味わわないほどの悲しみと苦労を経験してきた』

「うん」

『でもね、自分で悲劇のヒロインになってはいけない』

「そんなつもりないよ!」

『自分ではね。
でもね、自分で幸せになるのが怖い、今までの自分が変わるようで怖い、というのはあると思うよ』

どうなんだろう。
そんな事を考えた事が無かった。
ずっと私はこれ、だったのだから。

『きっと部署も移動して君には新しい風が吹き出した。
それをただそうなのだ、で済ましてははいけない。
もっと良い方向へ、君自身からも歩いて行かないと。
これまで、生きていくのにただ必至だったと思う。
でもこれからは自分を大切にして、幸せになる道を頑張って探して歩き出して良い頃だと思うよ』

「そんな」

『怖がってはいけないよ、由香』

少しだけ厳しい声。
私は初めて聞くヒロさんの声にびくりした。


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