宿り木カフェ


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『なるほど、それでこの『宿り木カフェ』にたどり着いたんだ』


私の担当スタッフになったのは、40代半ばの独身で税理士の仕事をしているオサムさんという人だ。

私は自己紹介分の無料分でオサムさんと話してみて安心し、今回は二回分、一時間で予約をして話をしていた。

「最初はうさんくさいと思ったんですけどね。出会い系かと」

『普通はそう思うんじゃない?』

笑いながら話すオサムさんに、私も笑う。

「連絡先交換不可、直接会うのも不可、個人情報やりとり不可、20回の回数で終了。
同じ人は今度絶対担当にならないなんて嘘だと未だに思ってますけど」

『そこはルールが厳しいから安心していいよ』

「税理士さんなんでしょ?
会いたいとか連絡先交換して欲しいとか言われません?」

『あるけど、きちんとルールを再度伝えて、しつこい場合は客が強制退会させられるからねここは』

「スタッフさんから動いた場合は?」

『まぁまぁここでスタッフをしてるけど、そういう話は聞いたこと無いな』

「えーホントですか?」

『全て情報を知ってる訳じゃ無いから断言は出来ないけど、少なくとも僕は知らないな』

「へー凄いですね」

『ここはあくまで一時の休憩場所で、恋愛目的とかで異性と出会う場所じゃ無いからね』

「徹底してますね」

『そうじゃなきゃ、お客様は安心して話も出来ないでしょ?』

「確かに」

お互い苦笑いで話す。

あくまで私はこのカフェでスタッフさんに話し相手をしてもらっている、ただの客で良いのか。

コーヒーを飲みながら店員さんとたわいもない話をする。
相手が男性だからこそ気兼ねなく話せているのだと、こうやって話をしてみて思った。




「なんかね、色々と裏切られたって思ったの」

『だろうね』

既に彩との話をオサムさんに伝え終え、私は一息ついて思っていた言葉を口にした。

「あの子は、幼い頃苦労していた分、結婚はきちんと順番を守ると思っていたから。
あとはあれだよね、マラソンで一緒にゴールしようねってもたもた走ってたら、突然先に走ってゴール切られるヤツ」

『あんなもんは信じる方が悪い』

「オサムさん酷い」

ばっさりと切ったその声に、私は苦笑いしつつ凹む。

「オサムさんはそういうの無いの?」

『何が?』

「一緒にゴール切ろうね、みたいなの」

『無いねー、元々そういうの合わせるの苦手だったし』

「へー」

『それに周囲は飲み会だ、合コンだ言ってる時に、税理士試験のために必死に勉強してて、周囲との縁を一旦全部切ったから』

「は?!」

『え?』

「縁を切ったって?!
周囲全部を?!
嘘でしょ?!」

『嘘じゃ無い、本当。
携帯に入ってた連絡先全て削除して、携帯そのものも解約して、ネットの交流も全て閉鎖して、一人暮らしもやめて実家に戻ってからは部屋に籠もってひたすら勉強してた』

「ま、マジで?」

想像も出来ないほどの内容を淡々と言われ、私は声が裏返った。

『実家に住まわせてもらってバイトもせず試験勉強していたからね。
それくらい追い込まないとまずいと思ったし、親しいヤツには先に理由を言っておいたから。
実家を知ってる連中も多いし、まぁそこで切れるくらいならそれくらいの縁だろうなって』

「うわぁ、ストイックというか何というか」

『それくらいしないと受からないんだよ。
それだけやっても受からないときは受からないけど』

「凄い・・・・・・。
でも税理士さんってそれなりに収入が高いでしょう?
なのになんで独身なんですか?」

『税理士だからって収入高いわけじゃないし、むしろ僕はそんなに高い方じゃないと思う。
それに結婚できない理由は僕自身が知りたい』

なんか最後は落ち込んだような声に、思わず笑ってしまう。

『今笑ったよね?』

「すみません、いや、可愛いなぁと」

『心にもないこと言わないでよ』

「いえほんとですって!」

何だろう、もてない理由の一つって素直に他人の言葉を聞かない点なのでは?

「あの、オサムさんについて質問して良いですか?」

『個人情報と、こちらが話せないと思う事以外なら答えるよ』

「結婚できない理由、本当になんにもわからないんですか?」

『外見が悪いとか、年齢だけいってるとか、思ったより収入無いとか、オタクだからとか、かねぇ』

「一杯思いついてるじゃないですか!」

『おっと、そろそろ終了時間だ』

「えっ!もう一時間?!」

『良いところでタイムアップになってくれた』

「じゃぁオサムさんの問題点についての案件は次回の会議に持ち越しと言う事で」

『すみません、その案件に関してですが、会議時間の無駄になると私は思うのですが』

「異論は認めません」

お互い仕事モードの話し方で話して同時に吹き出す。

『とりあえず、次の予定はネットに出ているからお好きな時にどうぞ』

「はい、じゃぁまた」

私はボタンをクリックし通話を切った。



笑った。

話して二回目だというのに、本当に一時間あっという間だった。
そもそも男性と二人だけでこんなに話したのなんていつぶりだろうか。

最初はドキドキして話せるのか不安だったのに、さすが心を休ませるカフェと銘打つだけはある。
スタッフも話し慣れているのだろう。

私は久しぶりに異性と楽しく話せたことで、気分がよくなっていた。

「今度、彩に電話してみよう。あの切り方は無かったよね」

今度は心からお祝い出来るかも知れない。
私はそう思い、ノート型パソコンの電源を終了し、寝る準備を始めた。

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