宿り木カフェ

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なのになかなか電話をする勇気が無く、『宿り木カフェ』に予約してオサムさんと何度か会話をして息抜きをしていた。

この頃出来なかった仕事の愚痴、友人達との悩み、そしてオサムさんから聞く異業種の仕事内容は非常に興味深かった。

「独身ってこの歳だときついよね」

話しながら私は思わず呟いた。

『いや僕40半ばなんですけどね、まだまだ若い君がそれを言う?』

「いやぁスタッフ希望欄に、40代独身男性、結婚願望薄い人なんて希望書いたけど、ここまで素晴らしく的確な人が来たとは」

『思い切りディスってるよね?』

「気のせい気のせい。
で、どうです?未だに結婚願望は?
急に願望が湧いたりしないもの?」

『いいや、どんどん無くなってるね』

「じゃぁ、SNSとか年賀状で結婚の写真とか子供の写真見てどう思う?」

『僕の人生に微塵も関係ないなと、もうこの歳になると思う』

「わぁ達観の域なんだ。
私なんて友人達の結婚式に出て、毎度わざわざ被らないように違う洋服買ってご祝儀包む度、この金額は将来回収できるのかな、って思うけど」

『安心して良い。
僕の歳になると、結婚式より葬式に出る方が増えていく。
必要なのは喪服だ、それもウエストが伸びるやつ』

「いや、そういう問題じゃ無いよ?!」

つっこんで笑いながらも、10年近く先になると、そういう世界になるものなのかと思った。
なんだか寂しさと切なさしかない。
結局、私は寂しくて切ない人生を今送っているのだろう。


本題から逃げるように色々と仕事などの話をしながら、オサムさんの仕事が半端なく忙しいということを知った。
なんというか、ファッション雑誌とかに出てくる税理士ってもっとキラキラしてて、アフターファイブとか満喫している感じだったからだ。

『どんだけ間違った情報仕入れてるの?』

「ファッション雑誌に出てた」

『そりゃそういう殿上人もいるだろうけど、ほとんどはただの自営業だよ。
公務員とはそれこそ正反対だろうな。
自分の頭というか身体が売り物の自営業だから、倒れたらそれでおしまいだ。
福利厚生も無いし、全てが自己責任の世界だよ』

「今の仕事も相当不満あるけど、それを聞くとやはり公務員というのは安定志向の人にはありがたいと思う」

『君の場合はそちらがあってるよ。
ようはリスクを取る場合、どちらがまだマシかって事だろうな』

「ほう?」

『組織にいればその組織のシステムに従わないといけないけど、失敗しても全体で基本カバーしてもらえる。
だけど自由業は全て自分で選択できる分、そのリターンもリスクも全て自分に返ってくる。
どちらのリスクの方が自分は耐えられるかってことだね』

「私、自営業なんて無理だ。
そんなの怖すぎる」

『こっちは勝手きままにやれる分、自分で食料を捕ってくるわけだ。
まぁそもそも集団行動が得意じゃないからこっちの方が楽』

「でも忙しいんでしょ?」

『そりゃ生活しなければいけないし、ある程度顧客の希望に答えようとすれば自然とね』

「そんなに忙しければデートする暇も無いね」

『小さい事務所に所属してやってるけど、土日祝、あまり関係ないなぁ。
他の人も似たようなものだからデートも大変だろうね』

「でもオサムさん、そんな状況下でもアイドルのコンサートは行くんだ」

『疲れてたら糖分が欲しくなるのは当然だろう?!』

「うん、落ち着こうね。
そういや握手会?みたいなのって行くの?」

『・・・・・・昨日行った』

「わぁ・・・・・・」

『ねぇそのマジでドン引いてる声やめて?
僕のガラスのハートが粉々になるからほんとやめて?』

もの凄く悲しそうな声が聞こえて、私はくすくすと笑った。

「そういうこと、同じ事務所の人は知ってるの?」

『もちろん』

「反応は?」

『またかって感じ』

「交際した人には?」

『あー、その時期はそういうのにははまってなかった』

「アイドルにはまったのって最近なんだ」

『根本的に君は勘違いしている。
彼女居ない歴が二桁になった僕に死角はない』

「ふ、二桁?え、十年って事?」

思わず驚いて声が裏返った。

『そうですが、何か?』

怒るかと思ったけれど、逆にさらっと返された。
言うのが慣れているのだろうか。

「い、いえいえ、私も似たようなもんだし」

『ちなみにそちらは何年?』

「約・・・・・・4年くらい?」

『なんか嘘くさいな』

「見栄を張りました、約6年くらい居ません」

『四捨五入すれば一緒だな』

「だから言いたくなかったのよ!」

この打てば響くような会話が心地いい。

こんな事だけじゃなくて、仕事場の人間関係や仕事との向き合い方、資格の勉強方法まで彼は親身に話し、相談に乗ってくれた。

交際もしていない異性と話すのがこんなにも楽しいだなんて、このカフェでオサムさんと話すまで知らなかった。
男友達がいるといい、なんて他の女性が良く言う意味を心底実感した。


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