宿り木カフェ

「そんな風に、真剣に私に言ってくれた人は初めてだなって思って。
考えて見たら、私がその人のためにと思ってやっていたことが、その人のためじゃ無かったのかも。
家のことも抱え込んで、きつくて仕方なかったし」

『そうだよ、あまりに君は自分の人生を人のために使いすぎていたのかもしれない。
そう思うとさ、まだまだ独身だとしても自分の好きなこと、色々やりたいと思わない?』

「アイドルの握手会とか?」

『そのツッコミやめて』

切なそうなオサムさんの返事に、また二人で笑う。

「よく、結婚だけが幸せじゃないなんて言うけど、してみないとわかんないよね」

『既婚者に言われるよなぁ、それ』

「確かに1人だと寂しいと思う時あるけどね、クリスマスとか」

『まぁリア充爆発しろと未だにシーズンが来たら呪うけど、彼女のために高い金を必至に出してるのもメンドイというか』

「オサムさんはやっぱり一生独身で良いんじゃない?」

呆れ気味に言うと、それはそれで酷くないか!と不満の声が返って来た。

「とりあえず、異業種交流会でも出てみるかなー、以前から誘われてはいたし」

思わずぼそりと呟いてみた。

『あー、出たことあるけど、キラキラしすぎてて灰になったわ』

「マジで?」

『マジで』

「なんだ、オサムさんに会えるかと思ったのに」

私が冗談交じりにそういうと、オサムさんは黙ってしまった。
取り繕うように笑いながら言う。

「ごめんごめん、冗談だって。
オサムさん、キラキラしたとこはダメだもんね」

『そう、無理』

「でも」

段々と募ってしまったこの思い。
もっと、もっとこの人と、ここ以外で話したいという、想い。
どうしたら実現できるのだろう。

「でも、私は、もっとオサムさんと話がしたい」

勇気を出して本音を伝えた。
ヘッドホンからは何も聞こえない。
その間が長く感じて、怖さからまた何か話を逸らそうかと考えた。
だけどオサムさんが話し出した。

『・・・・・・ありがとう。
あんな事を言ったのに戻ってきてくれて、担当のお客様にそこまで言って貰えるなんて。
本当、スタッフ冥利に尽きるよ』

今、完全に一線を引かれた。

僕はただのスタッフ、君はあくまで客なんだよ、と。

私はじわっと出てくる涙を必死に我慢した。
気を抜いたら画面が見えなくなりそうだ。

「本当だよね。
かならずしもこんなに心の広い客ばかりじゃないと思うけど?」

『いや、ほんとそれはそう思います、はい』

「長年やってるんなら、こういうことも時々あるんでしょ?」

『実は今まで途中で切られたことも、クレームが入ったことが無いんだ』

「えー!嘘?!」

『いや、嘘は言ってないんだ。
なので、今回はその、スタッフとしては恥ずかしいばかりなんだけど』

辺に遠回しな感じで話すオサムさんの言葉を待つ。

『君と話してて、なんというか気を許してしまったのか、まずい地が出過ぎたんだと思う。
ほんとスタッフとして未熟だと思ったよ』

少し情け無さそうにいうオサムさんの言葉を聞いて、顔が急に熱くなった。

そうか、私と話してて、気を許して、ほんとは押さえておかないといけない部分を出してしまったんだ。
そんな事を聞いてしまい、嬉しい気持ちが湧いてくる。

「ふーん、オサムさんってそういうえげつない手法、取れちゃうんだ」

『えげつない手法って何?!』

「さっきの言葉わざとじゃないの?」

『なんでさっきの情けない告白が、わざとでえげつなくなるんだ?』

「そっか、天然なんだ、これはきっと今までやらかしてるよ、オサムさん」

『いや、どういうこと?!』

本当に困惑しているオサムさんが面白い。
きっとこうやって天然で素直に話した言葉に、惹かれた女性はいたはずだ。
だって私がそうなのだから。

「オサムさん、もう少しちゃんと相手を注意深く見た方がいいよ?
さすれば結婚への道が開かれん」

『言ってる意味がさっぱりわからん!』

「オサムさんは十分に魅力的だって事だよ」

これだけ伝えればいいや。
きっとオサムさんの良さに気がつく女性はこれからだって現れるはずだ。
羨ましい。
彼とリアルで出会える事の出来る女性が。
私は、この限られた回数でしか話すことが出来なかったのに。

『その言葉、そのまま返すよ』

「えっ?」

『君は優しく強い人だ。
きっと素敵な男性に出逢えるよ』

「はは、そんな風なこと言われたの、占い師さん以来だよ」

私は少し涙を浮かべながら笑った。
オサムさんの声が、今までに無く優しく聞こえたからだ。

「税理士って優しい人が多いのかな。
相手を税理士に絞って探してみるのもありかも」

『やめとけやめとけ。
士業はほんとピンキリだから、同じ公務員で探すのが得策だって』

「オサムさんはどうするの?婚活するの?」

『何度も言うけど、諦めてるから特に何もしないよ』

「『宿り木カフェ』やってたら、いくらでも女性と話せるもんね」

『そういうつもりでやってた訳じゃ無いけど、そうか、それで満足してる可能性あるのかもな』

「それはよろしくないね」

『別に良いんじゃない?これが僕の生き方だし』

「フリーダムだねぇ」

『誉め言葉だと思っておくよ』

そしてまた2人で笑う。
でもこんな時間ももう終わりだ。
着々とパソコンのモニターには残り時間が表示され、減っている。

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