宿り木カフェ
「まさか心休める場所でぐさぐさ刺されるとは思わなかった」

『大変に申し訳ありませんでした』

「もう、いいですよ。
目を覚ましてもらいました、ありがとうございます」

『こちらこそ色々厳しいご意見ありがとう』

「愛の鞭です」

『ありがたく受け取ります』

「・・・・・・もし、もしもリアルで会えたとしたら、逃げないで下さいね?」

最後、やっぱりあがいてみる。
すると、電話の向こうから小さな笑い声が聞こえた。

『きっと分からないと思うよ、腹出てるし、背も高くなくて平均身長無いし。
東京の小さな事務所で必死に働く割にそんなに収入もない、ただのアイドルオタクだから』

「それでもいいよ、声は覚えておくから」

『はいはい、その時はお手柔らかに』

今度は完全に一線引かれなかったのでは無いだろうか。
むしろ何かヒントをくれたようにすら思えて、なんだかドキドキする。

ただの思い込みかも知れない。
でも今のオサムさんの言葉は、私には違って聞こえた。
もしも本当に出会えたら、彼は困った顔で誤魔化さずに答えてくれそうな気がする。
自分があの時のオサムだという事を。

「今までありがとうございました。
友達からちゃんと独り立ちして、自分を大切にするようにします」

『うん、頑張らずに人生楽しんで。
それと・・・・・・友達のことは、あんなこと言っておいてなんだけど、もう少しだけ広い心でみてあげても良いかもしれない。

でも、無理はしないで。
・・・・・・では』

「・・・・・・はい」

どっちも最後はさようならとは言わなかった。

そして画面には通話終了の表示。
ヘッドセットを取り、私は息を吐く。
自分の顔は見えなくても、何となく微笑んでいるような気がした。

彼は人生を楽しめと言ってくれた。
東京には星の数ほど人がいる。
だが動かなければその出会いたい星に出会うことも出来ない。

色々と彼はヒントをくれた。
誰かに取られてしまう前に、彼と出会いたい。
今までで一番身勝手な行動を取りたいのに、それが不思議と楽しい気持ちにさせる。

机の端に置いていたスマートフォンを確認すると着信ランプが光っていた。
開いてみれば、そこには彩からのメール。

「さてはて、鬼が出るか蛇が出るか」

私は少しだけ笑いながら、そのメールを開いた。

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