宿り木カフェ
『無理だよ、大抵の人は特殊な不幸に慣れていないから』
「年とってる人でもだよ?」
『もしもそういう経験があったとしても、同じような境遇の人に上手く対応出来るかは別だからね』
「情けないな、それ。
空気読んでそれ以上突っ込まないで欲しいのに、聞くだけ勝手に聞いておいて、言わないで欲しかった、みたいにされるの腹が立つよ」
『よくあるよねぇ』
「ヒロさんにもやっぱりあるの?そういうの」
今相手をしてくれている人は、ヒロさんというニックネームだった。
本名から取っていると教えてくれたけれど、名字からか、名前からはわからない。
『それはあるよ。
今でも仕事の相手先とかで、ご家族は?奥さんはこの飲み会怒りませんか?とか。
そもそも無理矢理誘っておいて奥さん怒りませんかって質問も意味が分からないけど。
知ってる部下があわあわしていて申し訳ないくらいだよ』
「どう返すの?」
『妻は事故で亡くなって今は独り身なのでって言うよ。
だいたいへらへらしてた相手の顔が凍り付くね。
今はそれを苦笑いしながら言えるだけの余裕は出来たけど』
「・・・・・・奥さんが亡くなった当時はどうだったの?」
『そうだなぁ・・・・・・いわゆる抜け殻、だったよ。
なんせ目の前で妻が轢かれたからね。
今でもその時のことは鮮明に思い出せる。
事故の後、妻の葬式とか色々自分が一人で動いてこなしたんだけど記憶にないんだよね。
会社も葬儀の翌日何故か普通に行っちゃったけど、少ししてからガツンと落ちて、食事もせずまともに寝ることもせずに過ごしてしまって。
気がつけば病院のベットの上だったよ。
会社が私の無断欠勤を心配して警察に連絡して、警官が家で倒れている私を見つけてくれてねぇ』
「うわぁ・・・・・・。
会社の人が連絡してくれて良かった。
確かに私の時もとりあえず仕事は行ったけど、当時のことはあまり記憶無いなぁ」
『普通に過ごしてしまったりするから、周囲は割と平気なんだ、大丈夫なんだと誤解しやすいよね』
「そうそう!
後で友人達にも、お葬式でもしっかりしてたよ、なんて言われたけどあまり記憶無いし。
色々な事があったその時は友人も優しいけど、段々私がどういう状態になったのか、本当はみんな忘れている気がする」
『むしろ、いつまで過去を引きずっているんだ、なんて言われたり』
「そうなの!」
このやりとりが本当に嬉しい。
こんなこと、誰にも話せなかった。
それを理解して、同じ苦しみや切ない思いを味わい、同じ感覚を持った人と話せている、それがただ嬉しかった。