すみっこ屋敷の魔法使い
服を見たり、コスメを見たり。ドロテアに引っ張り回されるようにしながら色々な店を見て回った。目が回るような時間。時間があっという間に過ぎていくという感覚を、モアは初めて味わった。
ひとしきり歩いたからか疲れてしまって、二人は喫茶店に入る。ようやく座れた、と二人は息をついた。
「ふふっ。楽しかったね、モア」
「……。……はい」
――楽しい?
楽しいということはよくわらかない。けれども――「楽しかったね」と笑顔で言われて、モアは「はい」と返事をしてしまった。……なんとなく、彼女と同じ気持ちなような気がしたからだ。
「ねえ、モア。さっきも聞いたけれど、モアは好きな人、いないの?」
「……。私、『好き』がよくわからないのです。その……自由にできる環境で生きていなかったもので。イリスのところに来たのも、つい先日のことです」
「えーっ、そうなの? 恋しよーよ。楽しいよ?」
「恋? 恋とはなんでしょうか」
「あ、そっか。えっとね、恋は――幸せになれる魔法だよ」
――幸せになれる魔法。
そんな魔法は聞いたことがない。
「恋をするとね、ずっとその人のことばかり考えるようになるの。そしてね、胸がきゅーってなって。苦しいけれど、楽しいの」
「苦しいのに、楽しいのですか?」
「そう。不思議なんだ、恋って。でもね、本当に――幸せになれるから。モア、恋しようよ! ね!」
幸せがなんなのかもわからない。
けれど、「恋」を語るドロテアの顔は楽しそうだった。頬がほんのり紅く染まっていて、表情がくるくると変わって。これが幸せなんだな、とモアは思う。きらきらしている。まぶしい。
「私はね、ダニエルに恋をしているの。ダニエルはね、私のお店によく来てくれる男の子で。すっごくね、よく笑うんだ。私が仕事でミスをして落ち込んでいるときも、ダニエルが笑顔で話しかけてくれるから救われた。私、ダニエルの笑顔が大好きで。……もっと、ダニエルと一緒にいたいって思ったんだ」
「それが……ドロテアの『恋』なのですね」
「うん!」
憧れた。
恋をしているドロテアはきらきらしている。いつかそうなりたいと願った「普通の女の子」のようだった。
私も恋ができるのだろうか。
彼女のように笑える日が来るのだろうか。
そんなことを思う。