シェフな夫のおうちごはん~最強スパダリ旦那さまに捕まりました~
『ねえ、一度きちんと話しましょう。私たちはお互いにすれ違っただけなのよ』
「どうだろう? 合わなかっただけだと思うよ」
『私はやり直したいと思っているの』
「こちらはまったくその気はないので」
『明人ぉ!』

 利香は懐かしい声で縋りつくように名前を口にした。
 その呼び方は彼女が甘えてくるときのやり方だ。
 普段は毅然とした態度で仕事に励み、誰にでもはっきりと臆することなく発言し、そのビジネス手腕で多くの取引先から信頼を得ている。

 そんな彼女が明人とふたりきりのときだけに、艶めかしい甘い声で名前を呼ぶのだ。
 付き合っていた頃ならまだしも、今それをやられると正直、気分が悪い。

「俺、彼女ができたから」

 そう言うと向こうは「え?」と小さな声を洩らした。
 その後すぐに抗議してきた。

『どういうこと? たった1年でもう別の女を見つけたの? 信じられない! あたしたちの関係ってその程度だったの?』

 明人は真顔になり、冷静に告げる。

「たった1年と君は言うけど、こっちはずっと価値観の違いに気づいていたよ。それに別れを切り出したら君はすぐにそれを了承したじゃないか」
『ほんとに別れるなんて思っていなかったわよ!』
「試したの? セーカク悪いよ」

 冷たくそう言うと、利香は絶句したようだ。

「ということなので、もう連絡しないでください」

 明人は静かに通話を終了させた。

< 19 / 178 >

この作品をシェア

pagetop