憧れの副操縦士は、許嫁でした~社長の隠し子CAは、パイロットにすべてを捧げられる~

オーベルジュにて

「お母さん」
「あら、千晴。お仕事お疲れ様」

 待ち合わせの時間ぴったりにべリが丘の駅前へ顔を出せば、ドレスアップを済ませたお母さんはすでに合流場所に佇んでいた。

 もうすぐ50歳になるのに、年齢を感じさせない容姿はまさしく美魔女と称するにふさわしい。
 偶然通りかかった年配のサラリーマンたちが彼女に目を奪われていたのが印象的だった。

 娘なのに、どうしてお母さんの美貌を引き継がなかったのだろう。

 顔も知らないお父さんが、平凡な顔たちをしていたせいかしら?

 母娘を捨てた男のことなんか、今更父親なんて思えないけど。
 ますます私はあの人に恨みを募らせた。

「突然呼び出して、ごめんなさい。これから着替えるの?」
「下に着てるよ」
「まぁ。そうだったの。コート、邪魔になるでしょう」
「みすぼらしい服を着て歩いてる庶民が、べリが丘の品位を落としているって、通報されたくないから」
「……千晴……。べリが丘の住人たちは、そんな過激な思想を持っている方たちではないのよ?」
「どうだかね……」

 お母さんは、クローゼットの肥やしになっていたドレスを引っ張り出してきたのだろう。

 べリが丘の高貴なる雰囲気にぴったりな、マーメイドラインのタイトなドレスを身に纏っている。
 パーティドレスですらない娘の貧相なワンピースと並んだら、彼女まで街行く人に後ろ指を刺されて笑われてしまう。
 私はオーベルジュに到着するまで、絶対に上着は脱がないと固く決意した。

「行きましょうか」
「ええ、そうね」

 べリが丘駅の裏手に位置する櫻坂を真っすぐ進み、ノースエリアと街の中心部を隔てる壁の前で左手に逸れる。
 この先は、特別な許可を得た選ばれし富裕層の皆様にしか立ち入りが許されていないからだ。
 壁の内側に不審者が入り込まぬよう、門の前には二十四時間三百六十五日守衛が通行人を見張っていた。

 私は夜道を歩く母娘に不審な視線を向ける門番を横目に、道行くリムジンを睨みつける。

 駅からオーベルジュまでは徒歩約十分とかからない場所に位置しているけれど――壁の内側で暮らす富裕層の皆様は、この距離でも黒塗りの車で乗りつけるのでしょうね。

 ――いいご身分だこと。

 自虐的な笑みを浮かながら、私は母と共にオーベルジュへ向かった。
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