プルメリアと偽物花婿
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 和泉は「待ち合わせのデートっていいですね」と嬉しそうに焼き鳥を頬張っている。さすが和泉のおすすめなだけあって美味しい。香ばしく焼かれた鶏肉はタレも塩も最高で、変わり種メニューも楽しい。

 だけど、少し小骨が刺さっているのは先程の女性。聞いていいのかわからなくてビール一杯分、質問を先送りにしてしまった。
 
「先輩、さっきの女性は取引先の人ですからね」
「なんにも言ってないよ」
「顔に出てましたよ」

 和泉はプチトマト串を食べながらニヤニヤしている。

「今まではこんな反応してくれたことないから嬉しいです」
「さっきの女性は元カノ……?」
 
 素直に質問してしまった私に和泉は目を丸くすると、

「ええっ? なんでそうなるんですか、びっくりした」

 笑顔はすぐに消えて驚いた顔になる。
 
「え、だって。忘れられないとか、」
「あ、会話聞いてたんですか」
「ほら、やっぱり」
「違いますって。本当に取引先の人です。先輩、知ってるでしょ、俺が結構言い寄られちゃうこと」
「えっ、まさか、あの人みたいなことがあった!? どこの企業の人!?」

 和泉の反応を見て一瞬で信じてしまうくらい、和泉のモテはちょっと困るレベルだ。私たちは女性向けサービスを展開しているから必然的に取引先は女性が多くなる。
 和泉がうちの部署に来たばかりで同行することも多かった頃、プライベートに誘われるところを何度か目撃した。
 その中で一人、セクハラ行為を繰り返す人もいて問題になったのだ。

「あの人ほどではないですよ。それに今じゃなくて前の部署の取引先です。まあさっきの人、田中さんにも困ってはいるんですけど」
「今は関係ないのに、誘われてるならそっちの方が問題じゃ?」
「一年前に取引先として関わるようになって、一度接待で飲んでしまった――と言っても数人でですよ。――のがきっかけで何度も誘われてはいたんですよ。どうやら一目惚れだったらしいです。好きなアイドルに似てるとかで」

 想像がつく。和泉はなんとかというアイドルに似ているらしく、営業相手が話の導入としてそのことに触れることが何度かあった。

「半年前に部署を移動して関わることもなくなったんですけどね。営業用スマホも変わったので番号も変わりましたし。しばらく会社の前で張られたりしましたけど」
「行動力……」
「でもしばらくして止んで、諦めたとは思ってたんです。でもさっきバッタリ会っちゃったんですよねえ。運命だとか言ってましたね」

 和泉は困った表情をしてビールを一口飲む。
 
「会社に相談したほうがいいんじゃない?」
「以前に張られてた時もあんまり真剣に聞いてもらえませんでしたけどね。田中さんは可愛い人だし羨ましいまで言われましたよ」
「はあ……なんというか……男女逆にしたら大きな問題になるのに、被害を受けてるほうが男性だとなんでこうなるんだろう」

 過去のセクハラの件を思い出して大きなため息をつく。あの時も可愛い女性が和泉にベタベタと触り、それを和泉は不快だと訴えていたのになかなか真剣に取り扱ってもらえなかった。

「先輩はずっとそう言ってくれますね」
「そりゃそうでしょ。おかしいよ」
「そういうところを見て好きになったんですけどね」

 さらりとそんなことをぶっこまれて、「そ、そう……」と返事をする。
 そういえば、和泉はどうして私のことを好きなんだろう。聞いたこともなかった。

「先輩がヤキモチやいてくれたならちょっとは良かったです」

 ドギマギしているところに和泉が笑顔を向ける。……ずきり、と胸の奥で何かがひび割れる音がする。
 和泉とハワイに行ってから、ずっと和泉の側は心地よくて甘やかされてしっくりきていた。
 ――だけど、今、初めて和泉と初めてズレた気がする。

 待ち合わせでの映像がまだこびりついている。和泉の隣に女性がいたこと。
 和泉には関係ない、私の過去の問題。それなのに、思い出すだけで心臓がどくどくと音を立て、さっきの一瞬の不安を私は全く笑い飛ばせなかった。

「今日だけのことならいいけど……。あんまり困るようなら言ってね、私からも進言するから」

 (仮)彼女としてではなく、和泉の先輩としての言葉が滑り出ていた。
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