プルメリアと偽物花婿
 いくら滞在時間が短くても、ワンドリンクワンオーダーくらいはしなくてはいけない。
 タッチパネルを見ながら「ビールでいいですか?」と訊ねてみると、

「慰謝料の話ですか」

 と固い声が返ってきた。……また一つ山田さんとの思い出が消えてしまった気がする。
 彼に聞いても仕方ないと判断して、私はビールを二杯と適当におつまみを頼むことにした。

「慰謝料の話ではなく」
「ではやり直したいという話ですか」

 "やり直したい” ――婚約破棄を一方的に言い渡されてから一度も思い浮かばなかった単語に言葉に詰まる。
 山田さんと初めて目が合った。彼の瞳に落ち着きと、それから少しの優越感を感じて。
 ああ、そうか。婚約破棄をして、すべてをブロックしたのに、会社までみじめにやってくる。それは彼に縋りついているように見えるのかもしれない。

「いえ、それは考えていません」

 やんわり答えるか迷ったが、ここでやり直す・やり直さないなんて話になっても困る。はっきり言っておくことにした。
 ちょうど店員がビール二杯と、おつまみを運んできて場は中断される。

「きちんとお別れしたいと思ったんです」

 店員から受け取ったビールを山田さんに渡しながら私は言った。
 山田さんは水滴のついたビールを眺めながら私の次の言葉を待っている。

「半年でしたが、ありがとうございました」
「…………何のために今日はここへ?」
「前に進むためです」

 私は精一杯の笑顔を作って見せた。ほんの少し、強がりな気持ちも入っている。それから私はカバンから小箱をとりだした。
 それは指輪だった。婚約指輪はもらっていないけど、二人で選んで購入した結婚指輪。挙式で使うからと私がまとめて所持していたものだ。それを山田さんの前に置く。

「今までありがとうございました」
「……理由は聞かないんですか」
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