プルメリアと偽物花婿
 山田さんは少しむすりとした表情を浮かべると「貴方は私に本当に興味がないんですね」と言った。

 興味、なかったんだろうか。
 これでもちゃんと好きでいたつもりだった。一緒に未来を歩むつもりで、たくさん話をしたと思う。でもその話は営業相手と行うトークと同じで、その場を円滑に過ごすための話だったかもしれない。
 ……さっきタッチパネルで注文をする時、山田さんの頼みたいおつまみが思いつかなかった。

「これは予想ですけど……長年付き合っていた彼女さんと寄りを戻されたんですか?」

 山田さんのことで一番知っていることは元彼女のことかもしれない。
 山田さんと付き合った理由も、結婚をすることになった理由も、元彼女だった。長く付き合った彼女と別れたから彼女を探していて、長く付き合ったのにうまくいかなかったから次は早く結婚したかった。
 私が移り住む予定だった山田さんの分譲マンションは、元々は彼女と結婚するために購入したものだった。

「……はい」
「ふふ。私、山田さんのこと一つはわかってましたね」

 冗談めかして言ってから、私は手を出してみる。

「なんですか」
「握手です。こういうとき、握手するんじゃないですか」
  
 今日山田さんと会ったことで、私のどこかがすり減った。山田さんとの思い出は穏やかで悪いところがなかったのに、それが一瞬で汚れてしまった気がして。
 だけど、私の半年に彼は間違いなく存在したのだ。なんとか最後はきれいに締めくくってあまり悪い思い出にしたくない。

「なんだか凪紗さん、ユーモアが出ました?」
「そうですか?」

 山田さんと最後の握手をする。なんだかキスをした時よりも、ちゃんとしたコミュニケーションだった。
 もったいないからとビールを一気に飲み干すと、山田さんは少し笑った。

「やっぱり柔らかい感じがします。最初からそうだったら、俺たちもっとうまくいっていたのに」

 俺が払うと譲らなかったお会計の後に山田さんはそう言った。

 ”最初からそうだったら、俺たちもっとうまくいっていたのに。”
 確かにそれはそうかもしれない。私は山田さんの前ではいつも恋人を演じることに必死だったから。和泉といるときのように肩の力を抜けていたら。
 
 ……でも、なんでそんなに上から目線で偉そうなのか。
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