愛の街〜内緒で双子を生んだのに、孤高の副社長に捕まりました〜
少し薄味のうどんは、出汁がしっかり効いた優しい味だ。

柔らかく炊いた野菜に卵の餡が絡んで、美味しかった。普段野菜はあまり食べない双子が一心不乱に食べているのも納得だ。

「副社長、料理がお上手なんですね」
 
感心して有紗が言う。

一年間、ほとんど毎日一緒にいたのに知らなかった。

「簡単なものばかりだよ。海外駐在時代に自分が食べるためにやってただけだから」
 
海外駐在員は、妻帯者でもない限り自炊は必須だ。

もちろん外食で済ませる者もいるけれど、地域によっては、それすらままならないところもある。
 
彼は世界中を飛び回っていたのだから、自炊ができてもおかしくない。
 
でも週刊誌に載っていた彼の華やかな海外駐在時代の話を知っている有紗にはなんだか合わないように思えた。

「自分が食べるためだけの料理とも言えないものばかりだから、誰かに食べてもらうのははじめてだ。その相手が俺にとって大切な人だというのは嬉しい」
 
そう言って彼は、双子に視線を送る。そして有紗を見て微笑んだ。

『俺にとって大切な人』
 
その言葉と視線に、有紗の胸がドキッとする。
 
なんだか勘違いしてしまいそうだった。
 
彼は子供たちにのことを指して言ったのに、自分も含まれているような。

「……子供たちのこと、そんな風に言ってくださって……ありがとうございます」
 
そう言って、うどんを一生懸命啜った。

「美味しいと言ってくれて嬉しいよ」
 
龍之介がそう言った、その時。
 
ガシャン!
 
圭太がうどんの器をひっくり返した。
 
もうほとんどなくなっていたとはいえ、汁が垂れて床まで落ちる。
 
有紗は立ち上がった。

「けいくん、大丈夫?」
 
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