愛の街〜内緒で双子を生んだのに、孤高の副社長に捕まりました〜
チョコレートケーキは、ほんの少しほろ苦く後味のスッキリした上品な味わいだ。
 
チョコレートケーキの代わりのシャーベットを口にして龍之介が目を細めた。

「君は本当に幸せそうに食べるね。こちらまで幸せな気分になる。もっと食べさせてあげたくて、行く先々でチョコレートを探すようになってしまった。やっぱりこれからも君にチョコレートを送ろうか。嫌だとは言わせないよ。君は私をこんな風にした責任をとらないと」
 
冗談を言って微笑む彼に有紗の胸が甘く切なく締め付けられる。

優しげに自分を見つめる彼の瞳に、特別な色が浮かんでいるような、そんな錯覚をしてしまいそうだった。
 
胸に、ある想いが浮かぶ。
 
——この気持ちを彼に聞いてもらいたい。
 
自分の気持ちは婚約者がいる彼にとって迷惑でしかないのはわかっている。
 
でもそれも今夜だけのこと。

明日になれば、きっと彼の中では取るに足らない記憶となり、長く煩わせることもないだろう。
 
受け入れられることなどない一方的な告白だ。
 
それでも彼ならば笑ったりせずに受け止めてくれると信じている。

そしてそうすれば、本当にこの恋を終わらせることができそうだ。
 
視線を落とし、コーヒーカップをジッと見つめて逡巡する。

このコーヒーを飲み終えたら、ふたりの時間は終わってしまう。もう永遠にこんな時間は巡ってこないのだ。
 
——これが最後のチャンス。
 
もうひとりの自分の声を聞きながら、意を決して口を開く。

「副社長、私……」

「真山、君はもし私が……」
 
ふたりの言葉がぶつかって口を閉じる。驚いて瞬きを繰り返す。
 
次に口を開いたのは彼だった。

「……君の話から聞こう。どうぞ?」
 
首を傾けて、有紗の話の続きを促した。
 
彼の話はおそらく仕事にかかわることだろう。

彼の話を先に聞いておく方がいい。でももうこの勢いを逃したら言えなくなってしまいそうだった。
 
有紗が再び口を開こうとした、その時。
 
……窓ガラスに映るスタッフの姿が目に入る。
 
さりげなく確認すると、話の内容が聞こえる位置に控えている。人目がある場所で想いを告白するのに、抵抗があった。
 
その有紗の視線に龍之介が気がついた。

「……部屋を変えようか」
 
有紗に言って、視線だけでスタッフに合図する。あうんの呼吸でスタッフが頷いた。彼がここでVIPと会っている時によくあるやり取りだからだ。

相手との会話がより重要な内容になると、人目のない部屋へ移るのだ。
 
有紗の話は、部屋を変えてまでするような重要なものではない。ひと言言って終わるような数分で済む内容だ。
 
とはいえ、ここのスタッフと彼はこれからも顔を合わせることになる。秘書から想いを告げられていたなんて、知られない方がいいのかもしれない。
 
そう思い、有紗は素直に頷いた。
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