ブラッドドールとヴァンパイア
序章
夜帷が落ち、月光のみが唯一の灯りとなった夜。
静寂に包まれ、人は皆、眠りについている刻。
コツ、コツ……と足音が響く。
古めかしいアンティークが並ぶ一軒の店に、二十代半ばと見られる青年が立ち寄った。
カランカラン……とベルが鳴る。
亭主がドアの方に視線を向け、「いらっしゃい」と言った。
青年は一瞥すると、亭主に「ブラッド」と一言告げる。
亭主は一瞬目を見開くと、すぐに表情を元に戻し、店の奥へと案内した。
「こちらです」
亭主は青年に深く一礼すると、もと来た道へと帰って行った。
青年は正面のドアを開ける。
そこには無精髭を長く生やした老いた商人がいた。
商人は青年を見ると立ち上がり、客席に座るよう促した。
青年が座ったのを確認すると、商人は口を開いた。
「ようこそいらっしゃいました、御影様。本日はどのような御用で?」
「アレの在庫がなくなってしまってな。最悪、質が落ちているものでも構わない。我らにとっては急を要するものだ。なるべく急いでくれ」
「かしこまりました」
すると商人は複数の赤い液体の入った小瓶を取り出し、机に置いた。
「あなた様の使っていらっしゃるモノは、かなり希少なモノでして……」
「ああ、知っている」
「なので、その……手に入るのは一年後ぐらいになってしまうかと。今、うちにあるのはこれぐらいです」
「……わかった。少し試す。匙をくれ」
「ここに」
青年は用意された匙を使い、一つずつ試す。
「……………………」
全てを試し終えたが、青年の表情は変わらない。むしろ、先ほどよりも眉間に皺がよっているようにも思える。
「……力不足で申し訳ございません」
「いや、在庫が切れる前に頼まなかったのがそもそもの原因だ。其方らに非はない」
商人は少し悩むと、青年に言った。
「……一つ、よろしいでしょうか」
「許す」
「ありがとうございます。もしアレが諦めきれないのならば、別の方法とはなりますがあなた様のご希望にそうモノをお売りすることは可能です」
「…………」
青年の顔が歪む。
「も、もちろん、あなた様がアレを嫌と言うほど毛嫌いしているのは承知しております。ですが、このままではあなた様の命が……」
「わかっている」
青年は、何かと苦悶しているように思えた。
だが、背に腹はかえられぬようで、数分後ーー
「……わかった」
「っ……よろしいのですね」
「ああ」
商人はその言葉を聞くと、同じような赤い液体の入った小さな小瓶を青年に手渡した。
「これは、その試飲品です」
青年は躊躇いを見せるも、一口飲んだ。
そしてーー
「……やはり別格だ」
口元を軽く手で拭い、青年はそうつぶやいた。
「明日の早朝までに届けてくれ」
それだけ言うと、青年は部屋をあとにした。
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