もう誰にも恋なんてしないと誓った
 時間がかかると若先生は仰っていたけれど、思っていたよりも早く相手の調査は終了した。
 表に出ているオーナーの名前は違っていたけれど、大元を辿ると、それはかつてキャメロンを取り押さえてくれたあの伯爵家だった。
 ……それはつまり。


「侯爵閣下はサザーランドの名前を出さずに、ハミルトンのワインをこれ程購入してくださっているんですね。
 もう既に、来年度の予約も入っていて、あちらは毎年購入の契約書を交わしたいと」

「前侯爵閣下がお気に召してくださっていたんです」


 今は王都の別邸に住まわれていると聞く前侯爵閣下は、このワインを口にされて、ご気分が乗れば、あの美しい詩を諳じておられるのだろうか。
 そうであったなら、嬉しい。

 
 あれから侯爵閣下は奥様を迎えられて、2人目のお子様が生まれたところだ。

 完全にスペアの役目を終えたキャメロンは領地で、何をしているのだろう。


「調べましょうか。
 キャメロン・グローバーの……」


 わたしが結構だと言うのを見越して、若先生が尋ねてくる。
 今更、彼がわたしに接触してくること等ないのに、今回は何を気にされているのだろうか。

 切れ者の若先生なら、予めキャメロンとアイリスのことを調べていそうな気がするけれど、わたしはもうふたりのことには関知しないと決めていたので、首を振る。


 わたしの時間と体力は、家族と領地と領民にだけ向ければいい。



    ◇◇◇


 わたしが22歳になった日。

 父が1年後に譲位をすると言い出した。


「まだまだ元気な内に、したいことをすることにした」

「……したいこととは、何ですか?」

「絵だよ、絵!
 俺は絵を描きたいんだ。
 ローレンは旅をしたいと言った。
 旅先の風景や人物を、俺は描くぞ。
 まずはふたりで国内を回る……王都とハミルトンしか知らないからな」


 母が旅行好きなのは知っていたが、父が絵を描きたいと思っていたとは知らなかった。
 どちらかと言えば、外で動く方が好きだと思っていた。

 あのどんな紙であろうと書き付ける独特の文字や数字は、父の画才の表れだったの?

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