もう誰にも恋なんてしないと誓った
 父が母と決めたことを口に出したのだから、わたしが反対しようとこれは決定事項だ。
 その日から1年かけて、わたしは父と管理人頭のミラーと領内の各地を見て回り、関係者と話し合った。

 そして家政については、家令のベントンと侍女長のヘレンから指導を受けた。

 譲位による名義変更等、諸々の手続きは若先生が手伝ってくださった。
 他の用事やら会合やら、それらの予定が詰まり、王都の事務所へなかなか行けないわたしに合わせてくれて、若先生の方からハミルトンまで来てくださることがいつの間にか通常になっていた。

 20時間かかっていた王都との距離は、今は17時間になっていたが、それでも長くて申し訳なさでいっぱいになる。



 その日も若先生が来られる予定になっていた。
 昼過ぎから降りだした雨は、夜になってますます強く、その上風が出てきた。

 昨夜の最終の夜行列車に乗る予定で、邸には19時までに到着されると聞いていた。
 余りに雨風が強いと列車は停まってしまう。

 ハミルトン駅からの大通りは日中は混むが、それも17時まで。
 ハミルトンの人間は朝も夜も早いから。


 若先生はいつもお迎えの馬車は要らないと仰っていたが、今日は出すべきだったとわたしは後悔した。
 こんな天気で辻馬車が走っているわけがない。


 時計は21時を回っていた。
 夕食をご一緒しようと思っていて、わたしはまだ食べていなかったけれど、気持ちが落ち着かず食欲もなかった。
 父と母は午後から領内の教会へ行っていたが、雨風が強いので今夜は教会で泊まると連絡があった。


 まだ、雨は降り続いている。
 風はますます強くなる。
 父と母は、居ない。
 若先生からは何の連絡もなく……来ない。
 わたしは手元のベルを鳴らす。

 直ぐにベントンが顔を出す。
 黙ってこちらを見ているので、さっきわたしがベルを鳴らした40分前とは事態は何も変わっていないのが、わかる。


「若先生からのご連絡はございません」

「……違う、違います。
 この雨で、何処か……そう何処からか、連絡は来てない?」

「これくらいなら、領内の各地は特に危険は無いかと」


 涼しい顔で言われて、一瞬かっとなった。

 これくらい、って!こんなに激しく降っているのよ!と、何も悪くないベントンに大声を出しそうになって我慢する。


「ご夕食はいかがなさいますか?」

「……もう少しだけ待って、と厨房に伝えて」

「畏まりました」


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