クールな海上自衛官は想い続けた政略妻へ激愛を放つ
 私はお腹を撫でてみながら少しだけパニックになる。
 確かに、夕方くらいからなんとなくお腹が張っている感じがした。ただ不規則な感じだったし、おしるしもなくてただの前駆陣痛だと思っていたのだ。それに、初産だから遅れるんじゃないかと勝手に思っていた。いたのに……。

 産まれるの。
 産まれてくるの、かわいいちゃん。
 私はお腹に向かって小さく話しかける。

「会えるんだね」

 きゅうっ、とお腹が固くなる。少し不安になり撫でてみれば、お腹の張りはすぐに緩む。

「海雪、お腹が張る感覚は」
「夕方くらいから……でも全然規則的ではなくて」

 そうか、と言いながら柊梧さんは「立てるか」と優しく私に声をかける。

「とりあえず病院へ向かおう」

 産院にはすでに連絡してくれているらしい。破水かもしれないので、すぐに来るようにと言われたそうだ。柊梧さんに手伝ってもらって着替える。ひとりで着替えられますと言ったのだけれど、とてもそうさせてもらえる雰囲気じゃない。

 玄関先に置いてあった入院セットを柊梧さんが持ち上げ、彼に続いて家を出た。まだ朝になったばかりの、すがすがしい陽光に包まれる。

 産院に着いて検査してもらったところ、やっぱり破水らしい。感染症予防のための点滴を受けながら、助産師さんに「子宮口、開いてきてますね」と笑顔で報告を受けた。十センチほど開けば出産となるらしい。

 お腹の痛みは、波のように間隔があるし、痛みもまだ少し重い生理痛くらいに感じた。とはいえ、痛みの波がきたときはふうっと息を吐いてしまうけれど。

 ベッドの横の丸椅子で、柊梧さんが私を見ながらとても真剣な顔をしている。全身にうっすら汗もかいてきた。

 助産師さんがお腹に赤ちゃんの心音を見る機械を巻き、「もう少し開いたら分娩台に移動しましょうね」と出て行く背中を見ながら、「柊梧さん」と夫を呼ぶ。

「昨日、寝ていないんですよね? 帰って寝てくだ……」
「無理だ」

 柊梧さんは私の手を取り、自分の額に押し当てる。

「君がこんなに苦しんでいるのに、とてもそんなこと……っ」

 泣いてしまいそうになるくらい、真剣でまっすぐな目だった。
 思わず身体から力を抜いて、小さく微笑んだ。

「名前、考えてくださいね」
「ん……ずっと考えているんだが。こんなに迷ったのは生まれて初めてだ」
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